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2009-05-30(Sat)

二年次05月中旬:「修学旅行の一幕」(後編)

true tears 二次創作小説です。本編全話視聴終了済みの方のみご覧ください。



二年次05月中旬:「修学旅行の一幕」(後編)
           この話は前編からのつづきになります。こちらからどうぞ。







(8)待ち人来たる

担当者の到着が余りに遅いため、待ちくたびれた眞一郎と比呂美はいつしか今日の企業研修について話をしていた。比呂美がビール工場の様子と感想を述べると眞一郎もまた印刷会社について語り始めた。酒蔵を手伝う可能性がないわけではないという理由からビール工場を選んだ比呂美だったが、眞一郎は絵本作家を目指すものとして印刷工場の見学を望んだのだった。それなりに真剣に研修に臨んだ比呂美だったが、やはり自分の夢に直結している眞一郎のほうが真剣さは上だったようだ。瞳を輝かせながら印刷工場について語る眞一郎を見ると比呂美まで嬉しくなってくる。そして一通り話し終え一段落した所で比呂美は一度お手洗いに向かうことにした。

お手洗いの場所を先ほどの中年の男性に尋ねてすぐさま向かう比呂美。個室に入り用を済ませながら先ほどの眞一郎の瞳の輝きを思い出す。
(やっぱり眞一郎君は…)
するとカツカツカツカツとヒールの素早く響く音が近づいてくる。そう思うと同時に隣の個室のドアが開かれ、そして勢い良く閉じた。
(随分慌ててるわね)
そう考えつつ比呂美は水を流し個室を後にする。そして比呂美がハンカチを咥えながら手を洗い鏡を見ていると個室から信じられない声が聞こえてきた。
「ふふふ、男子高校生…またとないチャンスだわ…しかも多分童貞…これは絶対逃せないわね」
愕然とした比呂美は思わず咥えていたハンカチを落としてしまう。
「ふふふふふ、トイレを済ませたらちゃんとお化粧も直さないとね」
手を洗うのも忘れ閉じている個室を見つめる比呂美。そして彼女は暫く何かを考え込むのだった。

鈍いと言われる事の多い眞一郎もお手洗いから戻ってきた比呂美の様子が少しおかしいことには気づいていた。だが理由を聞いてもいいものだろうか?もし便秘だとかだったなら聞かない方が礼儀な訳だし。そう考えると尋ねる事には躊躇を覚えてしまう。そんな時、突然女性の声が社内に響き渡る。
「ただいま戻りました!」
そして中年の男の声。
「うむ、で先生の原稿は?」
「ここに」
担当が戻って来たのだろうか?いや、まだそうと決まったわけじゃない。そんなことを考えつつ眞一郎が比呂美の顔を見ると何か気に障ることがあったのだろうか繭をひそめていた。何かあったのだろうかと疑問を覚える眞一郎。するとまた女性の声が聞こえてくる。
「で、彼は来てますか?」
「ああ、会議室のなかだよ」
中年の声に首をかしげる比呂美。会議室ってこの仕切りの中の事なのだろうか?でもここは部屋とは呼べそうにないなどと考えてしまう。その間にカツカツとヒールの響く音が聞こえ女性が仕切り板を越え眞一郎たちの前に顔を見せた。
「はじめまして、私が音島響子です」
慌てて立ち上がる眞一郎。担当編集…になるかも知れない女性は20代後半から30代頭くらいに比呂美には思えた。割と美人な部類にはいるだろう。眞一郎を見て嬉しそうな表情を浮かべている。少し急いで戻ってきたのだろうか?頬が赤く蒸気している。
「は、はじめまして。仲上眞一郎です。よろしくお願いします」
緊張する眞一郎をつまらなそうに見つめていた比呂美もまた立ち上がると音島に向かって頭を下げた。
「はじめまして、湯浅比呂美です」
首を傾げる音島。それもそのはず、彼女は眞一郎が一人で来るものと思っていたのだ。
「えーと、どちらさま?あ、ひょっとして共同作品だったわけ?」
「いえ、単なる付き添いです」
座りなおしながらそう答える比呂美。眞一郎もまたパイプ椅子に腰を下ろした。
音島は眞一郎たちの対面に座ろうとパイプ椅子を引きずりながら比呂美を見つめ尋ねた。
「あ、同じ創作仲間ってことかな?」
「いえ、恋人です」
「へ?」
一瞬あっけにとられた音島はパイプ椅子を引きすぎていた事に気がつかないまま座ろうとしてそのままスッテンと転んでしまう。
「あいたたた」
「大丈夫ですか」
心配そうに音島を覗き込む眞一郎。
「だ、大丈夫…」
音島はそういってパイプ椅子に掴まりながら立ち上がろうとする。
「さらに正確に言うなら、婚約者ですね」
比呂美が冷たい目で音島を見ながらつぶやくと同時に音島が支えにしていたパイプ椅子が崩れた。
「きゃあ!」
またもや転倒する音島。それだけガタがきていたと言う事だろうか?パイプ椅子の接合部がもげてしまったのだ。
「ちょ、大丈夫ですか?」
慌てて立ち上がる眞一郎。音島に向かって手を差し伸べる。だが音島は一度比呂美を見つめると首を横に振った。
「一人で立てるわ。大丈夫ですから」
立ち上がった音島は壊れたパイプ椅子を壁に立てかけると隣のパイプ椅子を中央に寄せて座る。それを見て安心した眞一郎もまた自分の席に戻った。
「へ、へえ、婚約者なんだ…でも子供の頃ってそういう口約束したりすることってあるわよね」
眞一郎には心なしか音島の表情が青くなっているように思えた。すると比呂美が制服のポケットに手を突っ込むと指輪を取り出した。
「そういえば、忘れてた。折角二人でいるんだからこれつけないと」
薬指に指輪をはめる比呂美。
「そ、それって」
顔面蒼白な音島が尋ねると比呂美は笑顔を見せて答える。
「ええ、婚約指輪です」
うっとりと指輪を見つめる比呂美。続けて追い討ちをかける。
「そういえば、音島さんは独身ですか?」
「え、ええ…」
躊躇いつつも返答する音島を見ようともせず比呂美は小さなつぶやきを聞かせる。
「その年齢で?」
机に顔を突っ伏しながら拳を握り締める音島。比呂美の口元に黒い笑みが宿る。
「ちょ、ちょっとお手洗いいいかしら」
音島はそう言い残すと腰をさすりながら会議室を後にした。


(9)夢を追う者

「はあ」
手洗い場で鏡を見つめてため息をつく音島。
「せっかくのチャンスだったのに…」
もうすぐ大台に乗ろうとする彼女は実は年下好きで、その趣味が災いしたのか未だ男性経験がなかったのだ。気持ちばかりあせるものの年下のいたいけな少年と知り合う機会も中々恵まれない。数少ないこの機会を失えばもう大台の処女は確定的と言えた。
「あの子達、当然やりまくってるのよねえ」
音島の脳裏に先ほどの比呂美の姿が浮かぶ。圧倒的な美貌と攻撃性。子供ながらに末恐ろしい少女だ。
「仲上君もなんかすごい子に引っかかっちゃったみたいね」
そういうと音島は鏡の中の自分を真剣な顔で見つめ頬を叩いて気合を入れる。
「よし、公私混同はここまで、これからはビジネスでいくわよ!」

その頃、会議室に残された眞一郎は比呂美をじっと見つめていた。
「なに?」
眞一郎のいつもとは異なる視線に気づいた比呂美はそう尋ねてくる。
「あの言い方は流石にちょっと問題があるよ」
眞一郎の意見に比呂美は真剣な面持ちを見せる。
「眞一郎君、だまされちゃ駄目よ。あの女、眞一郎君を狙ってるんだから」
「音島さんが?まさかぁ」
比呂美の言葉を一笑に蹴ってしまう眞一郎。
「本当よ、さっきお手洗いで聞いちゃったんだもの」
比呂美の反論を聞くと流石に眞一郎もそれを笑い飛ばすことはできなかった。
「ついて来て正解だったわ。担当が女性だって聞いていやな予感がしてたのよね」
どうやら比呂美が眞一郎に同行してきたのは女性編集に対しての牽制が目的らしい。それを聞いた眞一郎は納得と呆れが混じった複雑な気分を味わっていた。
「全くお前ってやつは…」
そう言いながらも眞一郎の比呂美を見つめる瞳は温かい。
「お前が嫉妬深い女だってのはちゃんとわかってるし、そこも魅力的だと思うよ。でもわかってほしいんだ。今回の持込には俺の夢の実現がかかっているんだってことを」
眞一郎の反論は比呂美には予想外のことだった。呆然としつつも比呂美は眞一郎の話を聞き続けた。
「もし音島さんが俺にそういう気があったとしても俺がしっかりしていれば何も問題ない筈。絵本作家デビューのチャンスを担当者に対する選り好みで潰したくはないんだ」
眞一郎の意見ももっともだと比呂美は感じた。まずはデビューすることが最初の壁で、とりあえずこの壁をどうにかして乗り越えないと先には進めないのだ。
「ごめんなさい」
肩を落として素直に謝る比呂美。眞一郎は比呂美の頭をなでる。
「わかってくれればいいよ」
比呂美は眞一郎を潤んだ瞳で見つめる。眞一郎もまた比呂美を見つめてその頬を撫でた。
「コホン」
ひどくわざとらしい咳払い。いつの間にか音島が戻ってきていたのだ。慌てて手を引っ込める眞一郎。
「あ、あの…さっきはごめんなさい…」
うつむき加減の比呂美は恐る恐る上目遣いで音島に謝罪の言葉を述べる。音島はため息をつきながら比呂美を見つめた。
「まあ、彼氏に別の女が近づくのが嫌だっていう気持ちは理解できない訳でもないわよ」
そうは言うものの実は彼女は彼氏いない歴と年齢がイコールになる。だが黙っていればわからないだろうと音島は考えたのだ。
「じゃ、早速見せてもらおうかしら。絵本」
「え?」
音島が続けた言葉は比呂美の想像外のものだった。てっきり眞一郎が手に入らないというならすぐに見捨てるものとばかり思っていたのだ。
「それって…」
驚きの表情を見せる比呂美を優しく見つめる音島。
「あら、私はこれでもプロよ。見込みのない相手を一々呼び出したりはしないわ。まああわよくば公私混同しようとも思ってはいたけれどね」
「それって…つまり…」
「ええ?彼の本を出すことは出来るだけ前向きに検討するつもりよ」
音島の言葉に比呂美の顔が一気に明るみを増す。
「じゃ、見てください」
比呂美と音島が話をしている間に眞一郎はカバンからスケッチブックを取り出し音島へと差し出した。音島は無言でうなづくと食い入るように眞一郎の絵本を読み始めた。


(10)タイムリミットオーバー

よくもまあひとつの絵本だけでこんなにも話が出来るものだ。そう比呂美は感じていた。ここの絵は子供はこう受け止めるだの、やれこの言葉遣いでは子供には伝わりにくいだの、やれこの終わり方は誰々の影響が見えすぎるだの…そんなこんなで眞一郎と音島の話し合いは延々と続いていた。しかも絵本の良し悪しなど判断がつかない比呂美には話に割り込むことも出来ない。ただ真剣な面持ちで瞳を輝かせる眞一郎はやはり素敵だとは思う。眞一郎は夢を追っていてこそ眞一郎なのだと。つくづく先ほどの自分の浅慮を思い知らされる比呂美。もう少しで彼の夢を壊してしまうところだったのだ。そんなことを比呂美が考えつつふと時計を見るとすでに5時近くになろうとしていた。辻褄合わせの為の班への合流は5時半にホテルの傍の喫茶店で行うことになっている。もうそろそろここを出ないと間に合わないだろう。比呂美は真剣に話し合う二人の間に恐る恐る割り込んだ。
「あの…眞一郎君?そろそろ」
比呂美が目で時計を指し示すと眞一郎は比呂美の意図を受け取る。
「ああ、そうか、もうそんな時間なんだ」
「でもまだこの辺の話が…」
スケッチブックを捲りながら指差す音島。
「うん、まだ話し合わなきゃいけないことがあるんだ。お前だけでも戻ったほうがいいぞ」
眞一郎の言葉に目を丸くする比呂美。今更共犯者を見捨てるようなまねが出来るはずもないだろうに。
「…一緒に戻るわ」
そういうと比呂美は携帯を取り出してメールを打ち始める。
「一応夕飯10分前までは待ってもらうけど、それまでに私たちが現れなかったらいつの間にか居なくなっていたことにしておいてって連絡しておいたわ」
それを聞いた眞一郎は比呂美に自分の班への分もお願いしてきた。
「三代吉にもメール出しといてくれないか?」
「うん、わかった」
比呂美は先ほどの朋与へのメールをコピーしてほぼそのまま三代吉へのメールとして送信した。
「じゃあ、一旦携帯切るわよ。眞一郎君も切っておかないと先生から電話くるかもよ」
「おお、そうか」
比呂美はこういう細かい所によく気づくなと感心しつつ眞一郎も携帯を取り出してその電源を切った。

眞一郎と音島の会話は更に続き、一段落した頃にはもう7時過ぎになっていた。
「じゃあ、一度この線で社長に掛け合ってみるから」
「はい、お願いします」
どうやら後は社長がGOサインが出すだけで眞一郎の絵本は出版が確定するらしい。これは期待出来るだろう。正直比呂美は眞一郎の絵本作家への夢が叶うときが来るとしてもそれはもっと先のことだとばかり思っていた。高校生の段階でデビュー出来るなどとは夢にも思わなかったのだ。とはいえまだ100%決まったわけでもない。油断は禁物だと比呂美は感じていた。
「まあ、私の首を賭けてでも社長の首を縦に振らせて見せるわ」
音島の言葉は二人にとって心強いものだった。これならばかなり期待で切るだろうと思わせてくれる。
「社長さんは今居ないんですか?」
比呂美の質問は当然のものだろう。眞一郎もまた出来れば今日中に結論を聞いておきたかったのだ。
「予定では4時半から印刷会社の人と会うことになってるみたいだったけど」
音島はそういうと会議室を抜けボードを指差した。
「やっぱり居ないわね。でも私が留守のときにあってるでしょ?」
「え?」
続けて会議室を抜け出た比呂美は驚きを隠せない。あの柔らかい表情が逆に胡散臭いと思ってしまった人が社長だったのだ。そんな比呂美をきょとんと見つめる眞一郎。彼は特に社長を胡散臭いとは思わなかったようだ。
「社長も直帰みたいだし、じゃ今日はこの辺でお開きってことで」
「どうも…」
眞一郎が音島に別れの挨拶を切り出そうとすると比呂美が荷物をあさり始めた。
「待って眞一郎君」
「うん?」
比呂美は荷物の中から菓子折りを取り出すと音島に差し出した。
「ぎんなん餅です。よかったらどうぞ」
「あら、地元の名産品?ありがとう」
笑顔で菓子折りを受け取る音島。本当に比呂美は細かい所に気が届くなと眞一郎は思う。菓子折りなどの必要性を眞一郎は考えもつかなかった。比呂美を連れて来て正解だったかもしれない。そう眞一郎は考え直すのだった。


(11)帰り道

「思ったよりおいしかったわね」
「そうだな」
神保町のファミレスを後した眞一郎と比呂美はのんびりと駅に向かう。出版社を出た直後、今からホテルに戻っても夕飯があるかどうかわからないと考えた比呂美は宿に戻る前に夕食を済ませておこうと提案したのだ。
夜の町を制服姿で歩く二人。地元とは違う夜の風景がことさら旅の実感を増幅してくる。
「東京の本屋ってもっと遅くまでやってるものだと思ってたけど」
本屋は古本屋ふくめて二人がファミレスに入るよりも前に閉店になっていた。だがオフィスビルなどはそこかしこに明かりが沢山見える。
「なんかここは特殊な場所らしいぞ」
眞一郎が浅識を披露する。ここは東京でも特別なのだと。
「東京か…2年後にはここで暮らしてるのよね。私たち」
比呂美は星が全く見えない夜空を見上げながら呟いた。
「ああ」
眞一郎もまた夜空を見上げて答える。そう、二人は卒業後にすぐに結婚式を挙げた後上京する予定になっているのだ。婚約指輪を渡した後で二人で話し合った結果、そうするのが一番よいという結論になったのだ。眞一郎の夢の実現と保持の為には富山の片田舎よりも東京に出て来るべきで、眞一郎は夢に向かって全力で進むべき。そして比呂美は不安定な眞一郎の収入を補う為に東京でOLとして働く。それが二人が出した答えだった。そしてそれは眞一郎のデビューが予想よりも早かったとしても変わることはない。
「想像できないよね。東京での暮らしって」
「そうだな」
ここは麦端とは何もかも違う街だ。仕事も遊びも、ともすると恋愛だって違うかもしれない。もしこの街で生まれ育っていたら私たちは結ばれていたのだろうか?そんな疑問が比呂美の中に芽生える。眞一郎はそんな比呂美の視線に気づくと暖かな目で尋ねる。
「ん、どうした?」
「ううん、なんでも」
そう返しつつ比呂美は眞一郎と腕を絡めてくる。
「ごめんね。今日…」
比呂美はうつむき加減でそう呟いた。
「別にいいよ、音島さんも気にしてないみたいだったし」
前を向いたまま答える眞一郎。だが比呂美は首を横に振った。
「ううん、それだけじゃないの…私、企業研修にビール工場を選んだ…」
「ん、別に何か問題あるのか?」
「大有りだわ」
立ち止まる比呂美。眞一郎もまた足を止めて比呂美を見つめる。
「私、眞一郎君を信じてなかった…だからビール工場とか仲上酒造を継ぐ場合のこと考えてた!私はもっと眞一郎君の、眞一郎君の夢を信じなきゃいけなかったの!」
「比呂美…」
「夢を追いかけてこそ眞一郎君だもの…」
顔を上げて眞一郎を見上げる比呂美。その瞳には涙がうっすら滲んでいた。眞一郎は比呂美の頬を撫でる。
「ありがとう、でも夢が破れたときの事も考えるっていうのも十分大切なことだと思うぞ。だから気にするな。それもまた正しい選択なんだ」
「うん、わかった」
そういうと比呂美は涙を拭って微笑を見せた。眞一郎もまたそんな比呂美を見ると自然に笑みがこぼれてくる。
「そろそろ戻らないとな」
「うん」
そう言うと二人はまた駅へと進み始めるのだった。


(12)エピローグ

ホテルへ帰った二人は案の定、教師達からみっちり絞られることになった。だが教師達が二人に何処に行っていたか尋ねても比呂美は“眞一郎の用事に付き合っただけ、デートではない”と返すのみ。眞一郎もまたそんな比呂美を見て黙秘を決め込んだと言う。その後、教師たちの話し合いの結果、3日目の遊園地での二人の行動は所属班と離れそれぞれの担任と共に過ごすことになった。要するに担任の生徒たちへの監視に付き合わせることで遊園地で遊ぶ事を禁止したわけだ。朋与に言わせれば行き過ぎたペナルティと言う事になるが比呂美は致し方のない罰だと感じていた。そして比呂美は遊園地で遊ぶ同級生たちを見つめてこう感じたと言う。
「東京は遊園地に似ている。楽しく刺激的で夢を見れる場所。でもそれゆえに非現実的な場所」
だがエネルギーの、力のある者は、この夢の見れる場所で夢を掴んで非現実的なリアルを手にするのだろう。そして願わくば眞一郎もまたその一人であって欲しいと比呂美は切に願うのだった。




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あとがき:

短くさっと終わる話だとばかり思っていたが書いてみたら結構長いんでやんの。トロトロ書いてたからだろうか?

修学旅行シーズン。俺は5月6月というイメージを持っていたが実際には9月10月辺りが多いらしい。後、企業研修とか昔はそんなのなかったよねえ。いつごろから出来たんでしょうか?あと黒ねずみ遊園地とかも結構多いパターンらしい。ちなみに一応修学旅行の日程は組んであるものの全く使うことは無かった。ついでだから以下日程を簡単に説明。

初日:行きは高岡までクラス別貸し切りバス、2台単位で30分時間を空けて3回に分けて出発。そこからJR特急はくたかで2クラス単位で越後湯沢へ、その間に用意した弁当を食べる。短すぎる乗り継ぎを無視して一本遅らせ上越新幹線で東京へ。東京駅からはまたクラス別貸し切りバスで両国のホテルへ。部屋割りは2,3名単位(基本同じ班どうし)チェックイン後、クラス単位で徒歩で江戸東京博物館へ。その後ホテルで夕食
二日目:ホテルで朝食後班単位(5名が基本)で企業研修と自由時間。行動予定は旅行前に担任に提出しておく必要がある。企業研修は旅行後にレポート提出あり。午前中に企業研修を済ませておくのが殆ど。当然夕食までにはホテルに戻らなければならない。
三日目:朝食後、貸し切りバスで黒ネズミ遊園地へ、園内でも行動は班単位。ホテルに戻った後夕食。
四日目:朝食後、貸し切りバスで松本城周辺へ。班単位での昼食と観光の後にバスで学校へ向かう。

厄介なのは行きと帰りの昼食ですね。中々に難しい。帰りの松本城もある意味苦し紛れでこの辺で大量の人員が昼食取れるかは不明。

神保町ですがもうずっと行ってないので現状はどうなってるのか知りません。さらに言えば夜に行ったことは全くないですし。コミック高岡は今もコミケ合わせで休みになってるんでしょうか?

2009-05-30(Sat)

二年次05月中旬:「修学旅行の一幕」(前編)

true tears 二次創作小説です。本編全話視聴終了済みの方のみご覧ください。



二年次05月中旬:「修学旅行の一幕」(前編)








(1)プロローグその1

二人で夕食を食べた後で一緒にテレビを見ていた時だ。突然比呂美が立ち上がって大声で叫んだのは。
「これよ!!!」
「何が?」
デザートに用意されたアイスクリームをスプーンで口に放り込みながら眞一郎は尋ねた。
「だからこのテレビよ!」
テレビ画面はトレンディドラマらしきものを映している。殆どドラマを見ない眞一郎は話の筋が判らず、適当に流し見ていただけ。眞一郎には比呂美の言いたい事がよく判らず首を傾げるばかりだ。
「だから!ラブホテルよ!」
言われてみれば画面ではカップルらしき二人組みがラブホテルに入ろうとしている所だった。
「で、ラブホテルがどうしたって?」
「わかんないかな?私たちってラブホテル行く機会ってないじゃない?」
「そう言われれば」
比呂美の言うとおり、二人はその気になればいつでもここ、比呂美の部屋にて逢瀬を楽しめる。故にわざわざ金のかかるラブホテルを使う必要などないのだ。
「このままじゃ、私たち一生ラブホテル使わずに終わっちゃうわよ」
「別にそれでも構わないかと…」
またアイスをつつき始める眞一郎を見て比呂美は口を尖らせる。
「…ラブホテル…行ってみたい…」
眞一郎はそんな比呂美を見て頭を掻いた。
「…判ったよ。で、いつ行くんだ?この辺にはないだろ?電車かバス乗らないと…」
「何言ってるの?」
明るい顔を見せた比呂美は立ち上がって箪笥の上から小さな冊子を取り上げた。
「修学旅行があるじゃない!!」


(2)プロローグその2

「悪い。遅れた」
そういって店に入った三代吉を愛子の責めるような視線が突き刺した。
「別にいいけどね」
「いや、眞一郎とさ、今度の修学旅行について話してたらさ…」
「いいよね、修学旅行あって」
愛子の冷たい視線を感じつつエプロンをして厨房側に入る三代吉。
「そ、そういや、愛ちゃん学校はなかったんだっけ?」
「富山じゃ、ないのが当たり前だよ…」
愛子の言うとおり、ここ富山県では修学旅行のある高校は少数派である。公立の普通科だと皆無だとか。愛子の通う古城高校もまた公立普通科高校で修学旅行など存在しないのだ。
「で、どこ行くって?」
今川焼きの面倒を見ながらの愛子の呟きに三代吉は笑顔で返す。
「東京。お土産はどんなのがいい?」
「東京か…行ったことないな。いいよね。修学旅行とかあってさ」
またもや同じところに戻る愛子。そんな彼女の態度に三代吉はどうしたものかと思案する。そしてふと浮かんだ答えを思い切って口に出してみる。
「そうだな。うん、いつか行こう。二人で…」
とたんに真っ赤になって三代吉を見つめる愛子。そしてすぐに三代吉を睨み始めた。
「な、何いってんの!ばっかみたい!」
「も、もちろん今すぐじゃないよ。いつかだよ。いつか」
愛子は上を見上げながら三代吉の反論の言葉を反芻してみた。
「いつか…か。そうだね。いつか…いつか行きたいね」
三代吉はそんな愛子の横顔を見つめながら呟く。
「愛ちゃん…」
「うん?」
「焦げてるよ…」
三代吉の指差すほうを見ると確かに今川焼きが焼けすぎで煙を出していた。
「ちょ、早く言ってよ!」
慌てて今川焼きを取り出す愛子。三代吉はそんな彼女に笑いを堪える事が出来ない。
「笑わなくてもいいでしょ!!」
「ごめんごめん」
頬を膨らます愛子をやさしく見守り続ける三代吉。暫く愛子を見つめていた彼が躊躇いながらも思い切って口を開こうとした矢先、店内に客が入ってきた。
「こんちわ」
「あ、いらっしゃい」
「いつもの」
常連客の対応をする愛子を見つめながら三代吉はため息をつきながら呟いた。
「あせってもしょうがないんだよな」
「何ぼうっとしてんの、次焼いてよ」
「お、おう」
愛子にせかされ三代吉は仕事に戻る。愛子に渡すお土産はかなり奮発する必要がありそうだなどと考えながら。


(3)プロローグその3


「で、ようするに自由時間をこっそり抜けてデートするって訳ね?」
朋与はやきそばパンの包装を破きながら尋ねた。
「…デートじゃないわよ」
比呂美は口を尖らせながら箸でミートボールをつついて転がした。二人は今、昼食時をグランドの前の階段で過ごしていた。暖かな日差しが気持ちのいい午後。だがその割には比呂美の食はあまり進んでいなかった。
「違うの?」
「本当はデートしたかったんだけどね。眞一郎君が用事があるっていうから」
比呂美はミートボールをグーで握った箸で串刺しにすると一度に口に入れ、そのまま箸を噛み締める。
「で、その用事についてくってこと?」
朋与の問いかけに箸を噛んだまま頷きを返す比呂美。朋与はそんな彼女を横目で見ながらやきそばパンにかじり付いた。
「まあ、用事が早く終わればそのままデートするつもりだけどね」
空を見上げながら呟く比呂美。そして朋与はため息をついた。
「全く彼氏持ちは贅沢でいけませんなあ」
「贅沢?」
きょとんとした顔を見せる比呂美に朋与は肩をすくめる。
「だってそうでしょ?彼氏と一緒に修学旅行に行けるってだけでラッキーでしょ?この辺じゃ修学旅行自体少ないんだから」
朋与の言うとおりかもしれない。そう考えた比呂美は少し前向きに考えてみることにする。
「そうよね。一緒にいられる時間が作れるだけでも幸せ…そう考えるべきなのかも」
「そうよ…ま、口裏合わせは班の皆に頼んどくから。安心して」
そういって朋与は胸を叩くとまたやきそばパンに噛り付いた。
「うん、お願い」
そう答えた比呂美もまた弁当に箸を戻す。
(そうよね。一緒にいられるだけでも幸せなのよね…)
一緒に旅行に行けるだけでも幸せなのだと自分に言い聞かせる比呂美は弁当の中から赤いウインナーをつまんで口に放り込むのだった。


(4)班別行動からの離脱

修学旅行の2日目は班別行動だ。班毎に分かれて企業研修と自由行動を丸一日かけて行う。当然ながら行動予定は事前に担任に提出しておく必要がある。そして企業研修に対しては旅行終了後にレポートを提出しなければならず、流石にこっそり抜けるわけにもいかない。だが大抵の班がそうしているように比呂美と朋与の属する班もまた企業研修を午前中に済ませる計画になっている。つまりは午後からなら班別行動から抜け出すことも可能になるのだ。もちろん帰りは一緒になるようにしなければらならいのだが。
「ふわーあ」
朋与が欠伸をしながら目を擦ろうとする。
「朋与、手にケチャップついてるわよ」
比呂美の忠告を受け朋与が自身の右手を見ると確かにケチャップがついていた。
「本当だ」
朋与は紙ナプキンで手を拭う。ようするにハンバーガーから漏れ出たんだなと考えながら。そう比呂美たちの班はハンバーガーショップで昼食を食べていたのだ。
「朋与、企業研修の時も半分寝ぼけてたでしょ」
「あは、ばれてたか」
照れ笑いで誤魔化そうとする朋与。でも彼女が寝不足なのも仕方がないだろう。枕投げや恋愛話など夜更かしする要素が多すぎたのだ。もちろん深夜は教師たちが定期的に見回りをしているわけなのだが、あろうことか見回りの予定表が事前に生徒たちの間に出回ってしまっていて、それを見れば何時ごろ大人しくしていればいいかハッキリしたのだ。結果昨晩よく眠れた生徒は殆どいなかったらしい。更に言えば朋与は出発前も興奮でよく眠れなかったそうだ。寝ぼけていても仕方ないとは言えるだろう。そしてそんな朋与を見ていると比呂美は少し心配になってきた。
「レポート、大丈夫なの?」
「なあにいざとなればね。比呂美さんに写させてもらうだけよ」
比呂美は眉をひそめる。
「人に頼る気?」
「いや、持ちつ持たれつでしょ」
ウインクで返す朋与に比呂美はため息をつく。
「わかったわよ…」
「あの、私たちも後で比呂美のレポート、参考にしたいんだけど」
「うん、お願いしたいな」
同じ班の管田と朝草もまた朋与と同じ事を言い始めてきた。思わず頭を抱えたくなる比呂美。
「あのねえ…」
「いや、でも比呂美は言いだしっぺで、しかもかなり真剣に見聞きしてたでしょ?」
そういったのは美紀子だ。確かに企業研修先をビール工場にしようと言い出したのは比呂美だった。選んだ理由をしいていうならば日本酒製造業の身内だからと言えよう。眞一郎自身は後を継ぐつもりはないとはいえ先の事はわからない。比呂美もまた仲上酒造の運営と深くかかわる時が来るかもしれない。そんな未来の可能性を考えて何か得るものがあるかも知れないとビール工場の見学を望んだのだった。特に当てがあるわけでもない朋与たちは比呂美の意見にすぐに同意してきた。つまりは目的を持って企業研修を行ったのは比呂美だけなのだ。当然レポートもしっかりしたものになるだろう。他の人間が当てにしてしまっても仕方がないと美紀子は思うのだ。
「ま、持ちつ持たれつってことで、私にも見せてね」
結局口裏あわせを頼む以上はこれ位は仕方ないのかもしれない。結局レポートを美紀子を含め班全員に見せる事になってしまった比呂美は諦めの表情を見せる。
「わかったわ。私の部屋は狭いから朋与の家で、旅行直後の代休に」
「うむ、話せる親友を持って私は嬉しいよ」
笑いながら比呂美の肩を叩く朋与。比呂美はそんな朋与を見てため息を漏らしつつも僅かな微笑を見せた。そんな折、比呂美の携帯電話が鳴り響く。
「あ、眞一郎君からだ」
比呂美はテーブルの片隅から携帯を取り上げる。
「もしもし?うん、今ハンバーガー食べてる。うん、分かってる。1時30分に駅でね」
比呂美が通話を切ると朋与が尋ねてくる。
「旦那?」
「うん。じゃ私そろそろ行くから」
少しばかりポテトとドリンクが残ってはいたが、待ち合わせの駅はここからだと結構遠い。比呂美はそろそろ出発することにする。
「道はわかるの?」
「そうよね。比呂美ってばすごい方向音痴だし」
心配を見せる美紀子に同調する朋与。比呂美は口を尖らせて反論する。
「悪かったわね。でも地図もちゃんと用意してるし、携帯もGPS付に変えたもの。大丈夫よ」
そう、比呂美は持ち前の方向音痴で修学旅行を台無しにしないようにと携帯電話を新調し、ついでに有料の道案内サービスにも加入しておいたのだ。これならば道に迷ったりすることもないだろうと。
「じゃ、旦那によろしくね」
「うん、じゃ後よろしく」
そう言い残すと比呂美はハンバーガーショップを後にする。比呂美の姿が見えなくなるのを確認すると残された者たちは一斉にため息をついた。
「彼氏欲しいよね…」
「まったく」


(5)待ち合わせ

時計の分針はすでに真下を通り越して40分を指そうとしている。眞一郎は地下鉄の改札傍の通路にもたれ掛かってスケッチブックをパラパラと捲っていた。地下鉄のホームからアナウンスが聞こえてくる。どうやらまた電車が到着したようだ。本当に東京は電車の本数が多いなと考える眞一郎。富山の片田舎とは全然違う場所なのだとつくづく思う。麦端では3階建て以上の建物ですらほんの僅しか存在しない。だがここ東京ではむしろ3階建てなどの低い建物のほうが少ないように思える。
(まあ、住宅街とか見てないからそう感じるのかもな)
眞一郎が心の中で独りごちていると改札から人々の群れが流れ出してくる。眞一郎が本当に東京は人が多いな等と感じていると聞きなれた声が耳に届いた。
「眞一郎君!」
眞一郎が顔を上げるとそこには駆け寄ってくる恋人の姿があった。
「ごめん遅れちゃった」
「いや、10分ぐらいだし」
「乗り換えのとき、なんかしつこく声を掛けてくる男の人がいて、うんざりして来たからとりあえずホームに来た電車に飛び乗ったの。そしたら反対方向の電車らしくて…」
両手を合わせて頭を下げる比呂美。彼女は誰もが美人だと認める存在だが田舎育ちの為にナンパの類には慣れていない。遅れても仕方がないことだと眞一郎は思った。道に迷わないようにと入念に下準備を行っていても予想外のイレギュラーは起こるものだ。
「まあ約束は2時からだし、大丈夫間に合うよ」
「うん、ごめんね」
眞一郎のフォローにもう一度謝ると比呂美は眞一郎の腕を取って引っ張る。
「じゃ、行こうか」
「おいおい、ちょっと待てよ」
眞一郎は急いでスケッチブックをバッグに仕舞うと比呂美とともに歩き出した。

「なんか本屋が多いところよね」
地下鉄出口から地上に上がり暫く歩いていると比呂美が町並みの感想を漏らした。
「ああ、ここはそういう町だからな」
そう、ここ神田神保町はいわゆる古書店街であり、さらに言えば多数の出版社が集まっている場所でもある。つまり眞一郎は出版社に絵本を見てもらいに来たのだ。だが厳密に言うと持ち込みと言うわけでもない。出版社から眞一郎の絵本が出版に耐えうるものかどうかじっくり顔を合わせて話し合って判断したいと言われたのだ。さすがに東京まで絵本を見せるためだけに出てくるのは金銭面など抵抗があるが、修学旅行のついでなら問題はない。このチャンスを逃すわけにはいかないと眞一郎は考えたのだ。ただこの個人的な用事に比呂美も付き合うと言い出したのは予想外だった。比呂美は普段から絵本の良し悪しは良くわからないと自分でもはっきりと公言している。そんな彼女がなぜ今回付き合う気になったのだろうか?眞一郎には良くわからない。まあデート代わりのつもりなのかも知れない。とりあえずそう考えることにして眞一郎は比呂美の同行を認めたのだった。
「えっとこの辺かな」
地図を見ながら信号を渡りきった眞一郎はビルの名前をメモと見比べる。
「お、ここだここだ」
眞一郎は気を引き締めるとビルのドアを開き足を踏み入れるのだった。


(6)20分前の出来事

「ちょっといいかな」
書類整理をしていた音島響子は社長から声をかけられその手を止める。
「なんでしょうか?」
「悪いんだが、しか先生の所に行って原稿を貰ってきてくれないか?」
「しかさとこ先生ですか?」
だが音島は件の先生の担当ではない。音島は当然の疑問を口にする。
「確か若居が担当していたはずでは?」
社長は若手社員の生意気な顔を思い出し眉を顰めつつ音島の疑問に答える。
「若居の奴は出先で風邪が悪化したから早退するそうだ。全く使えんよ」
そう言われて音島は朝方若居が咳き込んでいるのを見かけた事を思い出した。
「もうすぐ持ち込みの子がやってくる予定なんですが」
壁掛け時計をチラリと見ながら音島は切り替えす。
「例の高校生か。別に急ぐこともないだろ。待たせておけ。しか先生の方が優先だ」
社長の言うことはもっともだと音島は考える。このたちまち出版は児童書…幼児向け絵本と小学生向け小説のみを取り扱う。社員も現在4人しかいない零細企業である。もちろんそういう所はここだけではないのだが、ここ十年近く特にヒット作も出ず、有望な新人も現れていないのが現状だ。昔はここももっと賑やかだったのにと思い返す音島。彼女がここに就職したのは8年ほど前で、その時はまだ看板作家のしかさとこ先生が育児休業に入って間もない頃であり社員も今の3倍いたのだ。しか先生は10数年前にヒット作を連発した作家で、今もごく一部に根強いファンを持っている。だが休業から復帰した後はたいしたヒットも飛ばせていない。ごく一部のファンしか買わない作家になってしまったのだ。とはいえ一定の売り上げが保障された作家でもあり、もしかするとまたヒット作を描いてくれるかもしれない。零細企業にとっては重要な作家である。使い物になるかどうかわからない素人よりも遥かに優先度は高いのだ。
「わかりました。急いで原稿を貰ってきますので、持込の子は待たせて置いてください」
「うむ。頼んだよ」
社長の言葉にうなづいた音島は書類整理を後回にして大き目のカバンを肩に背負うと急いで事務所を飛び出していくのであった。


(7)姿なき担当者

せまっ苦しいエレベーターで目的の階まで上がる。そして目的の出版社名が書かれているドアを探す。
「お、ここだ」
目的地を見つけた眞一郎はそのドアを慎重に開く。
「すいません」
「何かな」
眞一郎と比呂美が中に入ると小太りの柔和そうな中年が姿を現した。
「持ち込みの約束をした仲上ですけど、音島さんは…」
「ああ、君が例の…じゃあこちらに…」
男の案内で部屋の片隅にやってくる眞一郎たち。そこは4人がけのテーブルとパイプ椅子が仕切り板で周りから直視できないようにしてあるだけの領域だった。もちろん会話などは完全に筒抜けになるだろう。
「音島はちょっと今出ていてね。しばらくしたら戻ってくるから。じゃお茶を用意しよう」
そういうと男はすぐ傍の流し台に向かう。
「思ったよりも質素な所ね」
比呂美は言葉を選びながら感想を述べる。眞一郎も辺りを見渡しつつ同意する。
「ああ、そうだね」
「とにかく座りましょう」
「ああ」
眞一郎と比呂美はパイプ椅子に座る。微妙にがたがきているパイプ椅子だなと少し故意に揺らしながら感じる比呂美。もし話がまとまったとしてこんな出版社から絵本を出しても良いのだろうかと言う疑念が浮かんでくる。
「お茶でも飲んでいてくれ」
また男が柔和そうな顔を出してきた。
「あ、すみません」
「どうも」
そう答える二人だったが比呂美には男の柔和そうな顔がかえって胡散臭く感じてしまう。本当に大丈夫なのだろうかと不安になってくる。お茶を飲みながら隣の眞一郎の顔を横目で見る比呂美だが、特に眞一郎は不安を感じている様子はないようだ。比呂美はここは自分がしっかりしなければならないと感じつつ残りのお茶を喉に流し込むのだった。

    (後編へつづく)

2009-04-25(Sat)

二年次05月上旬:「四人の温泉旅行」(18歳未満閲覧禁止)(後編)

true tears 二次創作小説です。本編全話視聴終了済みの方のみご覧ください。



二年次05月上旬:「四人の温泉旅行」(18歳未満閲覧禁止)(後編)
           この話は前編中編からのつづきになります。







(9)アルコールによる認識力低下

酔いが回ってきたのだろう。眞一郎は真っ赤な顔をしている。酒蔵の息子にしては少々弱めという気がする。まだ3杯位しか飲んでない筈なのに。正直飲み比べとか出来るかもと期待してたのだが読みが外れたようだ。そんなことを考えながら俺はコップの中の酒を飲み干した。
「三代吉はすごいね」
愛ちゃんは空のコップを受け取りつつ素直に俺への感心を示した。愛ちゃんが下戸なのはちょっと残念だったが、湯浅さんみたいに飲むだけ飲んですぐに寝てしまうよりはいいだろう。その愛ちゃんは酒瓶をほぼ垂直に立てて最後の一滴までコップに注ぎ込んだ。そろそろ潮時かも知れない。愛ちゃんから最後の酒を渡された俺がそう感じていると、眞一郎が顔を仰ぐ手をとめて立ち上がった。
「ちょっと夜風に当たってくるわ」
「あ、俺も付き合うわ」
俺はそういうと酒を一気に飲み干した。
「お前は全然酔ってないように見えるんだが」
「ちょっと散歩もしたいしな」
「なら、私もつきあうよ」
愛ちゃんも俺たちに同行する意を示した。俺たちは立ち上がると部屋を後にしようとする。その時愛ちゃんが後ろを振り向いて尋ねた。
「比呂美ちゃんはどうするの?」
眞一郎は少し考えた後で答えを出す。
「放っておこう。寝かせておいたほうがいいと思うから」
まあ旅館の中だし危ないような目にあうこともないだろう。そして俺たちは旅館の外へと繰り出すことにする。
「何か飲みたいな。コンビニとか近くあるか?」
「どうだろ?それより秘宝館とかやってないかな」
「お前な…」
「秘宝館って何?」
そんな無駄話をしながら俺は袖の下をまさぐる。だがそこには期待したものは存在しなかった。
「財布ないわ。あったほうがいいよな。取ってくるから先いっててくれよ」
「おう」
「早く来てね」
眞一郎も愛ちゃんもちゃんと財布を持ってきているようだ。用意がいいというかなんというか。俺は急いで部屋まで戻ることにする。

部屋では相変わらず湯浅さんが横になって寝息を立てていた。俺は彼女を起こさないように忍び足で進むと半腰で自分の荷物を漁る。そして俺は財布を見つけると同時に背後に人の気配を感じた。振り返ろうと思うや否や俺の尻に何かが押し付けられる。
「な!?」
後ろを見て愕然とする。そこには俺の尻に頬擦りをする湯浅さんの姿があった。
「しんひちろうくん…ようやくふらりっきりになれらわね」
俺は思わずしゃがんだままダッシュで後ずさってしまう。どうやら彼女は俺を眞一郎と間違えているようだ。
「ち、ちが…」
四つん這いになっている彼女は胸元から深い谷間を覗かせている。生唾を飲み込む俺はまともに声を出すこともできない。湯浅さんは四つん這いのままで俺に歩み寄ってきた。俺も後ずさろうとするがすでに壁際で後ろに下がることもできない。
「ろうしらの?あ、そうゆうプレイ?いいわ、おにぇいさんがおしえれあれる」
湯浅さんはくすくすと笑いながら俺に這いよってくる。俺は動くことも出来ずに彼女の接近を許してしまう。甘い吐息と石鹸の匂い。そして湯浅さんは俺の浴衣を肌蹴させると俺の胸から腹へと右手を滑らせていき、そしてトランクスを下にずらす。するとすでに元気一杯になっている俺の息子が姿をさらけ出した。
「あれ、ひつもよりおおきいよ?」
そういうと彼女は俺の竿をしごいた。うまい。うますぎる。男のツボの何たるかをちゃんと理解している。これが経験者というものなのか。絶妙なカリへの刺激が俺に更なる興奮を呼び起こす。そして彼女は手を止めると俺のモノをじっと見つめたかと思うとやがてそれに顔を近づける。
「ちょ、ちょっ!」
制止を求める俺の声が耳に入らないのだろうか、彼女は口を開くと俺のモノを咥え込んでしまう。そして舌を絡めつつも頭を動かしだす。すごい。すごすぎる。先ほどの手コキもうまかったが、今度の口淫はそれよりもはるかにすごい。カリが唇の刺激を通り過ぎたかと思うと今度は舌が刺激してくる。こんなすごいのを眞一郎はしょっちゅう味わっているのか。徐々に限界が近づいてくる俺の竿。すると彼女の舌は今度はカリではなく先端へとターゲットを変えてくる。先っちょの割れ目を舌先でなぞり上げてきた。そのあまりの快感に俺は耐えることが出来なくなった。そしてついに爆発。勢い良く飛び出していく白液の脈動を彼女は口の中に受け止めていく。いや喉が動いているのが見える。それはつまり…まるで頭の中が真っ白になったようだ。放心状態の俺は今一考えが纏らない。俺は今何をしたんだ?どうすればいいんだ?すると湯浅さんは俺の陰茎から口を離すとゆっくりと立ち上がった。俺は呆然としながら彼女を見上げた。
「味がちらーう!!」
「へ?」
今の俺には彼女が何を言っているのか理解できない。
「何者らー!しょうらいをあらわせー!」
そういって歩み寄ろうと大股で足を踏み出す彼女だったが、あまりに力を入れすぎたのかちょうどそこにあった座布団に足を滑らせてすっころんでしまった。
「きゃ!」
そして動かなくなった彼女。俺はトランクスを上げると立ち上がって彼女を覗きこんだ。どうやら彼女はまた眠ってしまったようだ。すやすやと寝息をたてている。俺は深いため息をつくと財布を拾って逃げるようにその場を後にした。何もなかった。何もなかったんだと自分に言い聞かせながら。


(10)アセトアルデヒド分解の未完了

「ふぁーわぁ」
我ながら大げさな欠伸だと思いながらぼんやりとした目で辺りを見渡すとそこは見慣れぬ部屋だった。
眞一郎君と野伏君らしき話し声が襖越しに聞こえてくる。私は目をこすって意識を目覚めさせようと試みた。そう、ここは旅館の中だ。そして今は温泉旅行の最中。結局、昨日は愛ちゃんと野伏君は最後までたどり着けたのだろうか?あれ、そういえば昨日は夕食の後ってどうなったんだっけ?私は夕べのことを思い出そうとしてみる。だがその時頭をじわじわ締め付けてくるような痛みを感じた。
「いたたた」
「どうしたの?二日酔い?」
愛ちゃんがタオルを畳む手を止め尋ねてくる。気がつかなかったが愛ちゃんは私のすぐ近くにいたのだ。
「なんか頭が痛くて…」
「それが二日酔いなのよ。でも流石に薬はもって来てないからなあ。お酒飲むって知ってたら事前に用意しておいたのに…」
愛ちゃんは心配そうな顔で私を覗き込んでくる。私は心配しないでと愛ちゃんに返そうとするもまた頭に痛みを感じる。
「いたた」
私が頭を抱えるように抑えていると眞一郎君が襖越しに呼びかけてきた。
「比呂美?起きたのか?」
「頭痛い…」
「比呂美ちゃん二日酔いみたいよ。もうすぐ朝食だから、そしたら魚介類を優先的に食べればいいよ」
愛ちゃんは眞一郎への状況説明と共になにやらアドバイスらしきものを私に提示してくる。
「魚介類で治るのか?」
「うん、結構きくらしいよ?父さんはそう言ってた」
眞一郎君の確認に肯定を返す愛ちゃん。
「うん、わかった」
私は愛ちゃんの助言に従うことにする。
「無理はするなよ」
「大丈夫」
眞一郎君に心配ないと返しつつ布団を出て自分の鞄を開く。
「あれ?」
コンタクトレンズがケースの中に入ってない。ふいに私の脳裏に昨日の卓球の後の出来事が蘇る。ずれたコンタクトを直そうとして落としてしまい床を探る私に気づいた愛ちゃんが心配そうに近づいてきて…パリン。レンズは愛ちゃんのスリッパの下で昇天してしまったのだ。すっかり忘れていた。これもきっと二日酔いの頭痛のせいだろう。私は眼鏡のケースを開いて中身の存在を確かめる。こちらは大丈夫。安心すると私は眼鏡ケースをそのまま鞄の中に戻す。眼鏡を掛けた顔は眞一郎君にしか見せたくはないのだ。少し視界のピントが悪くなるがノートをとる訳でもないからかまわないだろう。
「ん?」
眼鏡をしまった私は何か引っかかりを覚える。だが何に対してなのかわからない。そんなふうに悩んでいる間に愛ちゃんは私の布団を畳んでいく。そして隣からまた眞一郎君の声が聞こえた。
「おーい、朝食来たぞ」
どうやら隣の部屋に4人分の朝食が届いたようだ。とりあえず考えるのは後にしてもいいだろう。今は先に朝食で魚介類を食べることが優先だ。頭痛であまり食欲はわかないのだが。

顔を洗い浴衣から私服に着替えて襖を開き朝食の席に着く。すでに他の皆は席について私を待っていたようだ。
「ごめんね。遅くなって」
「よし、じゃ食べようか」
「いただきます」
そして一同は一斉に箸を動かし始める。眞一郎君はガツガツと勢いよく朝食をかきこんでいく。男の子は食べる量が多いから私が残すことになったら眞一郎君に食べてもらおう。そう思いながら魚介類を口にする私。やはり余り食欲が湧かない。躊躇いながら箸を動かす私は同じように躊躇っている野伏君に気がつく。彼も二日酔いなのだろうか?あまり食が進んでいないようだ。昨日の昼にかなりの大食いをみせていた彼らしくない。私が見詰めているのに気がついたのか野伏君はは私から視線を逸らす。何か不自然だ。私はまた何か引っ掛かりを感じる。だがそれが何に対してなのかはやはりわからない。まあ考え事は頭痛が和らいでからにしてもいいだろう。私はまた箸を動かしだす。
「美味しいね」
「そうだな」
愛ちゃんの朝食に対する賛辞に同意を見せる眞一郎君。だが野伏君は相変わらず黙ったまま黙々と食事を続けている。
「比呂美もそう思うだろ?」
眞一郎君が私に同意を求めてくる。だが頭痛のせいだろうか余り美味しく感じられない。
「二日酔いのせいで味わっている余裕ない…」
「…そうか。残念だな。早く治るといいな」
眞一郎君は私を優しく見つめてくる。彼に心配かけないためにも早く治さないと。
「三代吉はどうだ?旨いか?」
野伏君は眞一郎君の急な振りにも気づかずに食事を続けている。
「三代吉?」
そして我に返ったのだろうか野伏君は慌てた様に返答する。
「あ、そ、そうだな。旨いよ。この旅館は一味違うって評判なんだよ。そうそう味がちがう…」
そこまで言って固まった野伏君。そして私を一瞬だけ見つめるとすぐに目を逸らした。どうしたのだろうか。何かあったのだろうか。
(味が違う?)
野伏君の言葉が私の頭の中でリフレインする。そして彼の挙動不審。何かが結びつきそうだ。私は昨日の出来事を思い出そうと試みる。夕食でお酒を飲んで酔っ払って…それからどうしたっけ?そうそう、そういえばいつの間にか眞一郎君と二人っきりになってて…口でしてあげて、でも味が違って…
「あああああ!!!!」
思わず立ち上がって大声で叫んでしまう。
「どうした比呂美?」
「気分悪いの?」
全てが一気に繋がってしまった。私はきっと眞一郎君と間違えて野伏君のモノを…野伏君は私から目を背けたまま。心なしか体が震えているようだ。間違いない。私は野伏君の放ったものを…
「うぇっ」
唐突に猛烈な吐き気をもよおした私は縁側の所にある洗面台へと駆け寄る。
「うげぇぇぇぇ」
そして食べたものを全て洗面台に戻してしまう。
「どうした!」
「比呂美ちゃん!」
洗面台に寄りかかってげほげほとむせる私に慌てて駆け寄ってくる二人。私は恐る恐る二人を見つめる。
「気分悪いのか?」
「お医者さん呼ぼうか?」
口々に私への心配を見せる眞一郎君と愛ちゃん。私はとんでもないことをしてしまった。これは眞一郎君への裏切りでもあり、愛ちゃんと野伏君に対しても裏切りだ。私は取り返しのつかない過ちを犯してしまったのだ。いつの間にか滲んでいた涙が頬を流れていく。
「比呂美…」
「うぁああああぁん」
私はついに抑えきれなくなって大声で泣き始めてしまう。
「ごめんなさい!ごめんなさい!」
眞一郎君は私の手を握り締めてきた。
「何があったんだ?」
「ごめんなさい眞一郎君。ごめんなさい愛ちゃん。ごめんなさい野伏君…私、なんてことを…」
私の涙は止め処なく溢れて来る。私は涙とともに贖罪の言葉を吐き出す事しか出来なかった。


(11)涙腺からの分泌液

大泣きしながらごめんなさいを繰り返すだけの比呂美ちゃん。何があったというのだろう?彼女のこんな姿は見たことがない。小学校5年の春、私より早く初潮を迎えた比呂美ちゃんが父親に特定の男子と私的に関わる事を禁じられたことについて相談しに私の元に来た時でも、泣きそうな顔をしてはいたものの結局最後まで泣くことはなかった。私はずっと彼女の涙を見たことが無かったのだ。初めて見る彼女の泣き顔に私は酷く戸惑ってしまっている。それに一向に説明がないので正直要領を得ない。そんな中、三代吉は躊躇いながら口を開いた。
「あ、あのさ…言い難いんだけど」
その後、三代吉が顔を背けながら続けた話を聞いて驚愕する私たち。彼が言うには酔っ払った比呂美ちゃんに眞一郎と勘違いされて口でされてしまったのだと。
「そ、そ、それってフェ、フェ…」
思わずどもってしまう。多分私の顔は真っ赤になっているだろう。私は慌てて眞一郎の顔を見つめる。彼は押し黙ったまま複雑な表情を見せていた。
「御免…俺がちゃんと拒絶出来てれば…」
顔を背けたままの三代吉の謝罪は皆に向かってのものだろう。私には容易に三代吉の苦い表情が想像できた。そんな中眞一郎は俯いていた比呂美ちゃんの顔を右手で持ち上げると顔を寄せて口付けをした。あれ?比呂美ちゃんは確かついさっき嘔吐を…そんなことを考えていると眞一郎は唇を離しじっと彼女を見つめると左手で涙を拭った。
「大丈夫。もう気にしてない。もう誰も気にしてないから。そうだろ?」
振り向きつつ私に同意を求めてくる眞一郎。一瞬の躊躇の後、私は慌ててそれを肯定する。
「そ、そうだよ。気にしてないよ。わ、私だって眞一郎のファーストキス奪っちゃったんだから、お互い様よ」
正直言うと気にしてないわけではない。キスとフェラチオでは全然違うと思うし。でも今は眞一郎に従うべきだと思ったのだ。
「三代吉はどうだ?」
眞一郎の質問に三代吉もようやく振り向きながら答える。
「いや、その、俺も気にしてないって言うか。正直気持ちよかったし…」
思わず三代吉を睨んでしまう私。三代吉はまた慌てて顔を背けた。
「ほら誰ももう気にしてないぞ」
眞一郎はもう一度比呂美ちゃんの涙を拭う。私たちと話している間にまた溢れていたのだ。そして彼女は眞一郎を上目遣いで見つめた。
「…ごめんね」
「もう謝らなくていいよ。間違いは誰にでもあるんだし。大切なのは同じ間違いを繰り返さないことだろ?」
「…うん、わかった。私、もう一生お酒飲まないわ」
そう言うと比呂美ちゃんは自分で涙を拭う。正直一生飲まないというのはオーバーだと思ったが、それくらい彼女は今回のことを後悔しているのだろう。眞一郎はそんな比呂美ちゃんの頭を嬉しそうに撫でるのだった。


(12)シュレディンガーの猫

旅館を出た俺たちはタクシーに乗って駅に向かった。助手席に座った俺は背後の眞一郎たちの姿をミラー越しに覗き見る。後部座席では湯浅さんを中央にして右に眞一郎、左に愛ちゃんが座っている。全員ずっと押し黙ったまま何も喋らない。何か思うところがあるのか、あるいは何を話していいのかわからなくなっているのか、いや多分両方なんだろう。よく見ると湯浅さんは眞一郎の腕を掴んで寄り添うようにして眠っているように見える。
「寝てるのか?」
「ああ」
俺の疑問に眞一郎が答えてくる。多分泣き疲れたんだろう。気のせいか湯浅さんの眼鏡越しに見える閉じた目から涙が滲んでいる様に見える。
「湯浅さんって眼鏡かけるんだな」
「ああ、知らなかったっけ?」
眞一郎は俺が知ってるものとばかり思っていたようだ。
「私も今回初めて知ったよ。目悪かったんだね」
そこまで言った愛ちゃんは何かに気づいたのか目を見開いて口を抑えた。
「あ!」
「どうした?」
「うん、そういえば昨日私比呂美ちゃんのコンタクトレンズ踏んで割っちゃったんだ…そのせいかも…」
愛ちゃんはしょげながら言葉を続ける。
「ごめん…」
「いや、愛ちゃんのせいじゃないよ。一番悪いのは比呂美なんだから」
眞一郎は意外な事に湯浅さんに非があるとしてきた。
「意外だな。さっきの口ぶりだと湯浅さんは悪くないと思ってるものとばかり…」
「初めての酒をあんな飲み方するほうが問題だろ?それにコンタクトが割れたって眼鏡があるんだから…」
「じゃあ、なんでさっきは比呂美ちゃんを擁護したの?」
愛ちゃんの質問を受けた眞一郎は湯浅さんの頭を撫でながら呟く。
「比呂美は頭がいいんだ。だから自分が一番悪いことはちゃんとわかっている。だから他人が責める必要なんか無いんだよ」
「でもそれでも一度はきちんと言うべきなんじゃ…」
眞一郎は愛ちゃんを見つめて穏やかに反論する。
「比呂美は弱いんだ。ちゃんと、ちゃんと誰かが守ってやらないといけないんだ」
「弱い…」
呆然としながら呟く愛ちゃん。眞一郎はまた湯浅さんを見つめて頭を撫で始めた。

そうこうするうちにタクシーは駅前へとたどり着いた。まだ列車の時間にはいくらか間がある。とはいえ列車の本数を考えるとタイミングが良いほうだろう。そんなことを考えつつ代金を払うために財布を出す。支払いを終えた俺はまだ後部座席にいる眞一郎と湯浅さんに気づく。何でまだ降りてないんだ?愛ちゃんはとっくに降りているのに。
「なにやってんだ?」
「ああ、比呂美を起こさないようにと思ってな」
俺の問いかけに答える眞一郎は湯浅さんに肩を貸しながらそっとタクシーの外に出る。俺も助手席を後にして眞一郎を手伝おうと近寄る。
「手伝うよ」
「いや、いいよ…いや、比呂美をおぶりたいからちょっと手を貸してくれ」
そして眞一郎は湯浅さんを一度俺に預けるとこちらに背を向けてしゃがみ込んだ。俺は湯浅さんに肩を貸すように支えつつ眞一郎の背中に負ぶさる様な位置に持っていく。愛ちゃんはなにも言わずに湯浅さんの手を眞一郎の肩の上に置きなおす。
「こんなもんかな」
「よし立つぞ」
そして眞一郎は彼女を背負ってゆっくりと立ち上がる。
「さ、行こうか」
そういって歩き出す眞一郎。
「…眞一郎君?」
眞一郎の背中ではっきりしない呟きが聞こえる。姿勢をいじられたせいだろう湯浅さんが目を覚ましたのだ。
「ここどこ?」
湯浅さんは眼鏡の隙間から指を入れ目をこすりつつ回りを確認している。
「駅だよ。まだ寝てていいんだぞ」
「うん、わかった…」
そういうとまた湯浅さんは目を閉じて寝息を立てはじめる。眞一郎はそんな彼女を優しく見つめるとまた歩き始めた。そして先を行く眞一郎を見守りながら愛ちゃんは呟いた。
「私、ずっと誤解してた」
「何を?」
俺は正面を見つめる愛ちゃんの横顔を見ながら尋ねる。
「比呂美ちゃんのこと。眞一郎のこと。ずっと比呂美ちゃんは強くてしっかりした子だって思ってた。眞一郎が比呂美ちゃんを好きなのは強くてしっかりしてるからだって思ってた。でも違ってた。眞一郎が比呂美ちゃんを好きなのは本当は弱いから。私馬鹿だよね。何を見てたんだろう」
愛ちゃんは自分を嘲る様な笑みを浮かべた。
「私は眞一郎に見てもらえるような子になろうって、強くてしっかりした子になろう…少なくともそう見えるような子になろうって…馬鹿だよね本当…過去を変えることは出来ないけど、もしちゃんと弱さを見せていたら眞一郎は私のものになってたかも知れないんだ…」
俺は思わず愛ちゃんの手を握り締める。
「俺は!俺なら!愛ちゃんをずっと!愛ちゃんだけを見つめていられる!ありのままの愛ちゃんを!」
そして俺は愛ちゃんの目に涙が滲んでいるのに気づく。
「ありがとう。三代吉。ごめんね。もうちょっとだけ時間が掛かりそう…でも、ちゃんと吹っ切るから。いつかちゃんと三代吉だけを見てあげるから…」
そういって俯いた愛ちゃん。そして彼女の頬を涙が流れていく。俺は何か気のきいたことを言わなければと口を開こうとする。
「おーい、切符買ってくれよ。俺たちの分も」
絶妙のタイミングで掛かる眞一郎の声。すでに駅舎のまん前まで進んでいた眞一郎が俺たちのほうに振り返って叫んだのだ。愛ちゃんは涙を拭うと俺に向かって微笑む。
「さ、行こう。大事な友達が待ってる」
何も言い返せない俺の手を掴んだ愛ちゃんはそのまま小走りに走り出した。
「ほら、早く」
「わかったから、そう急かすなよ」
そして俺たちは笑いながら駅舎へと進んでいく。そう、あせる必要はないんだ。俺たちは眞一郎たちとは違う。自分たちのペースでゆっくり進めばいいんだから。俺たちの乗る鈍行列車の出発はもうちょっと先なのだから。




###########

あとがき:

なんか比呂美寝てばっかりだな。という訳で実時間から約1年遅れの二次創作の新作です。今回は章ごとに一人称視点キャラが切り替わる“聖エルザクルセイダース”方式でお送りしたわけですが(たとえが古い)誰の視点かすぐわかるよねえ?厳密には3月中旬の話も今回同様聖エルザ方式だったんだけどあれは短い話だったし時間の流れも単純だからそう混乱はしないと思う。だが今回は長い話だ。予測はしてたが本当に長い。それにテーマ的には愛子がメインなのに描写自体は比呂美が中心になるというイレギュラーな話だ。個人的にはあまり失敗せずにですんだような気がするのだが…あ、電車内での食事のシーンは失敗ですね。本来は比呂美のお弁当だけの予定だったのに駅弁食べさしたほうがよくないか等と迷いが生まれてしまい、でも比呂美寝不足を説明する要素は必要だ。でないとあの台詞が出せない。等と迷走したあげくに駅弁とお弁当の両方を食べさせるという展開に。正直テーマともかみ合ってない駄目シーンになりましたとさ。…駄目じゃん俺。でも卓球シーンは予定外だったけど失敗にはなってないと思う。描写の下手糞さとかは失敗以前の問題だから関係ないしね!…いや、俺ももうちょっと文章がちゃんと書けるようになりたいとは思うんだけど。ま、あせっても無能はどうにもならないんで自分のペースでやっていきましょうと自己弁護。俺の乗るトロッコの速度は誰よりも遅いのだから。

2009-04-25(Sat)

二年次05月上旬:「四人の温泉旅行」(18歳未満閲覧禁止)(中編)

true tears 二次創作小説です。本編全話視聴終了済みの方のみご覧ください。



二年次05月上旬:「四人の温泉旅行」(18歳未満閲覧禁止)(中編)
           この話は前編からのつづきになります。こちらからどうぞ。







(5)油の浮力

「疲れたーっ」
湯船に漬かった私は思わずそうつぶやいていた。私の後に続いて比呂美ちゃんも湯船に入ってきた。
「愛ちゃんって相変わらずじゃんけん弱いんだね」
「比呂美ちゃんが強すぎるだけだよ…」
私は呆れるように青空を見上げた。そうここは露天風呂だ。そして今はまだ空が夕焼けを見せるにはまだ少し早い。すると隣から比呂美ちゃんが私の胸元をじっと見つめてきた。
「な、何?」
私は思わず胸をかき抱くように腕で覆い隠す。まあ実際は簡単に隠せるような胸ではないのだが。すると比呂美ちゃんは口を尖らせるような口調で呟いた。
「絶対追いついてるって思ってたのに」
そういう比呂美ちゃんの胸もプカプカと温泉に浮いている。いつの間にこんな成長を遂げたのだろう。もう私と大差ないくらいの大きさにまで育っている。
「すごいよね。これならもうじき追い越されちゃうわ」
私は彼女を称えずにはいられない。そしてちょっと悲しくなってしまう。唯一と言っていい私が彼女に勝っている点、すなわち胸の大きさもいずれは負けてしまうのだ。ウエストの細さもそこそこ自信があったのだが彼女にはかなわない。ヒップは私のほうが少し大きめだろうか?でも身長の差が大きいからトータル的なスタイルは彼女のほうがずっと上だろう。それに髪を上げた比呂美ちゃんのうなじは年下とは思えないほどに色気を醸し出している。ため息を出るのをなんとかこらえた私は気を取り直して彼女に尋ねてみた。
「私的にはちゃんと男女別々のお風呂で助かったと思うんだけど…比呂美ちゃんはやっぱり混浴の方が良かった?」
「ううん、混浴はいや」
意外な答えを返す彼女。
「眞一郎と一緒に入りたくないの?」
「そりゃ眞一郎君と二人っきりの貸切ならね。でも私の体を他の男に見せたり、眞一郎君の裸を他の女に見せたりしたくないし」
「深夜とか早朝とかは?」
「人のいなさそうな時間を狙ってくる人だっているでしょ?」
「そういうことか」
比呂美ちゃんは本当に独占欲が強い。確かに子供の時にも眞一郎の隣に私が座っていると間に強引に割り込んできたりしてきたっけ。私が昔を思い返していると比呂美ちゃんは話を続けてきた。
「そもそも私がやりたいのは洗いっこだし」
「洗いっこ?」
「うん、眞一郎君の体を私が隅々まで洗ったり、洗ってもらったり」
「自分のとこじゃ出来ないの?」
「ユニットバスじゃねえ…二人入ると狭くて狭くて…」
どうやら一緒に入ったこと自体はあるらしい。私にはユニットバスの広さというのはよくわからないのでピンとこなかったが。
「眞一郎の家は?」
「…おばさんとか大抵家に誰かいるし、買い物に行く時間も割りと不規則だもの。家に誰かいる時にはさすがに一緒にお風呂に入れないわ」
「なるほどねえ」
「ああ、一度でいいから彼の体をこの胸で洗ってあげたいな」
そう言うと比呂美ちゃんは発育した胸を両手で持ち上げた。そんな彼女を見ていると逆に私の顔が赤くなってしまう。思い人を手に入れた比呂美ちゃんは本当に大胆になったと思う。普段の優等生の彼女からは想像できない位に。成績優秀で運動神経抜群、礼儀正しい優等生、美人でスタイルもいい。そんな彼女が積極的に異性を独占しようとしたら、私なんかじゃ到底敵う筈もない。いや、たとえ誰であろうと敵わないだろう。そんな事を考えながら私が空を見上げると一匹の烏が鳴きながら横切っていくのが見えた。それはまるで負け犬にしかなれない私をあざ笑っているかのようだった。


(6)固体の熱膨張

「どうせなら混浴が良かったよなあ」
頭を洗いながらついつい俺の口から漏れ出てしまう本音。体を洗っている眞一郎はそんな俺の願望に口を挟んできた。
「でも、一緒に風呂に入れるほど進展してるわけじゃないんだろ?」
「それをいっちゃおしめえよ。でも湯浅比呂美の裸も見たいしな」
眞一郎が俺を睨む様な気配がする。
「…比呂美の裸は誰にも見せる気はないぞ」
「自分一人だけのものってか?羨ましいよ」
俺は湯を頭から被りシャンプーの泡を洗い流した。そして頭を振って水気を少し飛ばす。
「まあいずれは俺もそういうこと言えるようになってみせるぜ。いや寧ろ愛ちゃんにそういうことを言わせたい!」
思わず拳を握って青空を見上げてしまう。隣の眞一郎も俺を応援する意を示した。
「頑張れよ」
「そして“イク、イク、イっちゃうぅ!”とかも言わせて見せるぜ!」
立ち上がって叫ぶ俺の脳裏にふとした疑問が浮かぶ。俺は立ったまま眞一郎を見下ろした。
「どうした?」
俺はしゃがみつつ眞一郎に顔を寄せ小声で話しかける。
「ちょっと聞きたいんだが…女の子ってイクときに実際今みたいな事言うのか?」
眞一郎は体を洗う手を止めた。
「一般論を聞かれても困るが…」
「お前らの場合でいいんだよ。教えてくれよ」
眞一郎は俺から目を逸らしながら呟いた。
「…眞一郎君…」
「は?」
思わず聞き返してしまう俺。眞一郎は体を洗う手を早めながら答える。
「だから!眞一郎君眞一郎君って繰り返すんだよ…」
「イク時にか?」
「だからそういってるだろ!」
真っ赤になりながら声を荒げる眞一郎。俺は呆れながらも奴を羨望の目で見つめるしかなかった。
「それってお前じゃないとイかないっていうことじゃねえか…くそぅ、羨ましすぎだぜ」
俺の脳裏に眞一郎を強く抱きしめながら名前を連呼している湯浅さんの姿が浮かんできた。下半身に血液が集中し始める。俺も愛ちゃんに名前を連呼されたい。脳内で想像した眞一郎と湯浅比呂美の姿が俺と愛ちゃんに摩り替わる。妄想内で俺の名前を連呼しながら抱きしめてくる愛ちゃん。そして気がつくと俺のイチモツは元気な姿を見せていた。
「やべ、勃っちゃったよ」
眞一郎は呆れ顔を見せながら笑う。
「おいおい」
俺は元気になった竿をしっかりと洗うことにした。
「ちゃんと洗っておかないとな」
隣の眞一郎に呆れられながらも俺はその後しばらく妄想を止める事ができなかった。今夜の愛ちゃんとの初夜が実現できることを熱望しながら。


(7)慣性モーメント

最初に温泉宿に卓球台を置こうとしたのは誰だろう。というか温泉宿に卓球台があるというのも物語の上での話で実際に置いてあるとは思ってなかった。そんな訳で湯上りに卓球台を見つけた私がとちょっと感動してしまったのも無理からぬ事なのだ。卓球台の存在に喜んだ私は思わず眞一郎君たちを誘ってしまう。でも私は別に卓球が得意という訳ではない。そんなに経験がないからだ。だけども体を動かす事自体は大好きだ。卓球だって例外ではない。そういうわけで半ば私が無理矢理誘った形でこの風呂上りの浴衣姿での卓球大会は始まったのだった。

「比呂美ちゃん上手すぎるよ…」
一点も取れずに終わってしまった愛ちゃんは浴衣の着崩れがないか確認しつつため息をついた。そうだろうか?中学時代に昼休みの教室で机二つを使って卓球をしていたクラスメイトたちを見つけたときに混ぜてもらった事がある。そのうちの二人は卓球部員だったが私は勝つことは出来なかった。その後ピンポン球に寿命が来るまでの何日か教室卓球に混ぜてもらったが結局卓球部員に勝つことは叶わなかった。惜しい所まではいったのだが…いや、これは言い訳だ。敗北にはかわりがない。とにかく私は卓球部員ほど上手くはない。つまりは愛ちゃんが弱すぎるだけだと言うことだ。それに愛ちゃんは途中で勝負を諦めてしまった節がある。結果が見えてても最後まで全力を出し切るのがスポーツマンシップというものなのに。
「よし、次は俺とやろうぜ」
野伏君の立候補で第2戦が始まる。ちょっとは楽しめるかもしれない。そう感じたのは少々買いかぶりだったようだ。愛ちゃんよりはずっと上手いものの、卓球部員には程遠い。私から見ても役者不足だった。2点ほど取られてしまったがほぼ圧勝と言っていいだろう。完敗してしまった野伏君は肩を落としている。ひょっとしたら彼は愛ちゃんの前で良い格好をしたかったのかも知れない。でもスポーツの世界は、勝負の世界は常に非情なのだ。手を抜くことは逆に失礼だと私は信じている。私は一度浴衣が崩れてないか確認した後、私は残った眞一郎君を見つめる。眞一郎君には和服がよく似合う。浴衣姿の彼は普段よりも5割り増しで眩しく感じられる。そんな眞一郎君は困ったような顔をしつつ卓球台に歩み寄ってラケットを手にした。
「俺じゃ比呂美には勝てそうにないけど…」
そういうと眞一郎君は真剣な面持ちを見せてきた。

眞一郎君は愛ちゃんと野伏君の中間位だろうか。いや、やや野伏君寄りだろう。どっちにしろ私を苦戦させるには程遠い。結果は1対11。ほぼストレート勝ちだ。
「やっぱり比呂美には敵わないな」
そう漏らす眞一郎君の顔には柔らかな微笑が浮かんでいる。彼は私の勝利を喜んでくれているのだろう。私も彼に微笑を返す。すると野伏君が予備のラケットを持って台に近づいてきた。
「よし、じゃあハンデ付きでやろうぜ。2対1だ」
どうやら野伏君は眞一郎君と組んで二人で私一人に挑むようだ。私は少し浴衣を直しながら応える。
「いいわよ。ダブルスなら本来は打ち返すのは交互にしないといけない筈だけど、別に無視してもいいわ」
「舐められたもんだな」
「それなら比呂美といい勝負になるかもな」
そしてハンディキャップマッチが始まる。まずは眞一郎君のサーブ。とりあえず確実に入れる事を狙ってきた緩めの球だった。チャンスボールだ。私はそれを見逃さずにスマッシュ。スピードが乗ったボールに眞一郎君たちは反応できない。ボールは台の端に弾かれて床の遠くのほうに落ちた。
「うわ、あんなの返せないよ」
観戦していた愛ちゃんが呟きを漏らす。
「くそ、眞一郎、もっと強い球打てよ」
ボールを拾って戻ってきた眞一郎君は頷きながら玉を野伏君に投げ渡した。そして今度は野伏君のサーブ。私に緩い球を渡しては駄目だと強めのサーブを放ってきた。だがチャンスボールとは言えないものの特に苦もなく返せる球だ。私は相手コートの隅目指して打ち返す。そして眞一郎君はそのボールの正面まで動き打ち返してくる。返されたボールを私はじっくりと見つめボールの下側でラケットを前に滑らせながら打ち返す。私の打った緩めの球を見て野伏君が眼を光らせる。そしてバウンドした球を打ち返そうとする。だがピンポン球は余り手元に跳ねてこない。慌てて野伏君は前に出てくるも球の2バウンド目には間に合わない。2度目のバウンドはさらに前に跳ねなくなっている。そして3バウンド目には球は後ろに向かって、すなわち私の方に跳ねてきた。うん、ちゃんとバックスピンはかかった様だ。
「あんなの返せないぜ」
野伏君が泣き言を言ってくる。眞一郎君はボールを拾って私に投げつつ感心の意を示してきた。
「すごいな比呂美。いつ覚えたんだ?」
「うん、昔ね」
先ほどの教室卓球にて卓球部員の一人が使っていた技を私は見よう見まねで練習してみた事がある。いくらか練習していたら出来るようになった。卓球部員が言うにはバックスピンではなくカットと言うらしい。久しぶりだから不安だったがいい感じに決める事が出来て私は満足していた。結局ハンデ戦と言っても3点ほど取られただけで私を苦戦させる事なく終わってしまう。レベルが違うとの事でその後は私は観戦側に徹する事を強要された。その後何通りかの対戦を観る事になったが、その中でも眞一郎君と野伏君のカードは低レベルとは言え結構な接戦を見せ、観客を楽しませてくれる。やがて夕食の時間が来た事に気づいた私たちは部屋に戻る事になった。だが結局愛ちゃんは誰と対戦しても余り良い試合を見せてくれなかった。そして心なしか愛ちゃんの顔がちょっと悲しげに見えたのは私の気のせいではないのだろう。でも仕方ない事だ。勝負の世界はいつだって非情なのだから。


(8)ビタミンとその他の栄養分の摂取

夕食は中々豪華だった。山間にある温泉宿だから山菜が中心になると思いきや、それだけでなく川魚や海の幸もふんだんに取り入れてある。さらに言えばかなりの美味だった。それに旅館自体もわりといい雰囲気だ。俺たちがいる部屋は二部屋を仕切る襖を開けて一つなぎにしてある。ようするに寝るときは襖を閉じて元の二部屋に戻すことも出来るのだ。うまくいったら半額払うと三代吉が言っていたからてっきり安い旅館のぼろい部屋に違いないと踏んでいたのだが。ようするにそれだけ三代吉が本気だと言うことなのだろう。俺は三代吉と愛ちゃんの仲の進展を祈らずにはいられなかった。そんな中、俺は仲居さんが一升瓶を運んできたのに気づく。
「お、来た来た」
「おい、三代吉…」
俺が三代吉に意見を発しようとすると奴は俺に向かってウインクを見せた。
「硬い事はいうなよ。折角親の目が届かない所にいるんだぜ」
「それ、お酒だよね」
愛ちゃんの言葉を肯定しながら三代吉はグラスに日本酒を注いでいく。
「お前だって飲んだことないわけじゃないだろ」
「いや、ない訳じゃないけど」
「眞一郎君、お酒飲んだことあるの?」
比呂美が俺の隣で少し責めるような目を見せてくる。
「いや、子供の頃さ。こっそり店の酒を飲んだ事あったんだ。そしたら酔っ払って転んで酒瓶を沢山割っちゃって…親父と母さんにこってり絞られたよ」
「そんなことあったんだ」
「それ以来はずっと飲んでないんだ」
それを聞いた比呂美は納得を見せるも、すぐに三代吉を睨みだした。
「未成年者の…」
「湯浅さんは飲めないの?酒蔵の嫁になる女なら酒ぐらい飲めないと行けないよなあ」
三代吉のちょっと挑発するような言葉に比呂美は何かを感じたように暫く何か考えているようだったが、やがて意を決したかのように口を開いた。
「…そうね。仲上の嫁ならお酒の嗜みは必要かもね」
あっさりと説得された比呂美の横顔を見ながら俺は肩を竦める。その時俺は愛ちゃんの視線に気づいた。彼女もまたちょっと困ったような呆れたような目を見せている。
「愛ちゃんは飲めるの?」
俺は疑念を確かめてみる。
「どうかな?父さんは飲むけど母さんは飲まない人だし」
「ま、とりあえず一口だけでも飲んでみようよ」
そういうと三代吉は全員に日本酒を入ったコップを廻していく。そしてコップを高く掲げた。
「それでは眞一郎と湯浅さんの未来と愛ちゃんの幸福を祈って、乾杯!」
「乾杯」
乾杯と言うのは本来は杯を乾かすと書く。すななわちコップを空にしないといけない筈。余り日本酒でやることじゃないだろう。俺も二口ほどで止めておいたし、案の定三代吉もコップ半分も飲んでいない。そんな中愛ちゃんがゲホゲホと咳き込んでいた。
「大丈夫?」
俺は不安になって愛ちゃんの顔を覗き込む。愛チャンは青ざめた顔をしていた。
「やっぱり駄目。私にはお酒は合わないんだよ。きっと」
「無理して飲むことないよ」
そういうと三代吉は愛ちゃんが使ったコップを受け取って残りのほぼ一杯分の酒を一気に飲み干した。
「おお、すごいな三代吉」
「任せろ!」
俺の賛辞を受けて調子に乗る三代吉。そんな中、俺は比呂美が空のコップを差し出しているのに気づいた。比呂美は顔を真っ赤にしながら微笑んでいる。
「お酒っておひしいのね」
「大丈夫か。無理しちゃ駄目だぞ」
「らいじょうぶ、無理なんかしれないわよぉ。もういっぱい」
大丈夫じゃない。すでに呂律が回ってない。
「お、いける口かい?」
そういうと三代吉は比呂美の持つ空のコップに日本酒を注いでいく。だが注ぎ終わるや否や比呂美はそれを一気飲みしてしまう。
「おい、比呂美。そんな飲み方するなよ」
初めての酒でする飲み方ではない。こんな飲み方だと急性アルコール中毒にもなりかねない。俺は彼女にこれ以上飲ませないようにしなければと思う。
「なによ、別にいいじゃない…あ、わかったわ。酔い潰れちゃうろ、おらのしみら無くなっちゃうもんね」
そういうと比呂美は俺に体を寄せてくる。
「らいじょうぶらから。なんならひまここでする?」
比呂美は蕩けたような瞳で俺の浴衣の中に手を差し込んできた。
「おいおい、人前だぞ」
俺は比呂美の手を掴むと彼女自身の太腿の上に持っていく。すると三代吉は呆れたような声で俺たちを揶揄してきた。
「お熱いねえ」
すると比呂美は頷きながら浴衣の胸元を少し肌蹴る。
「あつひの」
「おおおお」
「三代吉…」
感嘆する三代吉とそれを白い目でみる愛ちゃん。俺は三代吉に比呂美の胸元を見せないように胸の中に抱き寄せた。
「しんひちろうくん…」
「全く…」
俺の胸に頬を寄せる比呂美は目を閉じる。そして呂律の回ってない言葉を発しなくなったかと思うとやがて静かな寝息をし始めた。
「寝ちゃったのか?」
「みたいだな。ちょっと座布団轢いてくれ」
「おう」
三代吉に座布団を並べてもらうと俺は比呂美を抱えて座布団の上に横たえた。その安らかな寝顔を見て俺は一安心する。とりあえず彼女は急性アルコール中毒とは無縁なようだ。でもこれからちゃんと自分に見合った量を覚えさせないと駄目だろう。そう考えながらテーブルに戻った俺は酒を一口飲むと刺身に箸を伸ばすのだった。

    (後編へつづく)

2009-04-25(Sat)

二年次05月上旬:「四人の温泉旅行」(18歳未満閲覧禁止)(前編)

true tears 二次創作小説です。本編全話視聴終了済みの方のみご覧ください。



二年次05月上旬:「四人の温泉旅行」(18歳未満閲覧禁止)(前編)








(1)形容詞の比較級

私が小学校からお店へと直行すると、中にはすでに比呂美ちゃんと眞一郎の姿があった。
「あ、愛ちゃん」
「おかえり」
私に気づいた二人は挨拶をしてくる。本来はこの店は自宅ではないのだが、二人にとってはここが私の家という感覚なのだろう。私も彼らの挨拶に普段どおりに返すことにする。
「ただいま」
そういうと私はランドセルを椅子の上に置きながら二人の対面に座った。
「父さん、コーラ」
私は今川焼きを焼いている父さんに向かって注文をする。父さんはしかめっ面をしながらぶっきら棒に返答してくる。
「今は手が離せないな。自分で出しな」
私は渋々立ち上がると厨房側に入ってコーラのビンを取り出した。そして栓を抜きストローを差し込んでまた客席に戻る。
「大体コーラだってただじゃないんだぞ」
父さんの愚痴はいつもの事だ。取りあえず私は無視を決め込む事にした。そして対面で紙切れをじっと覗き込むようにしている二人に尋ねる。
「何?」
眞一郎が紙切れを仰ぐようにしながら答える。
「テストだよ。算数の」
「眞一郎君、ちょっと点数が悪かったって言うから、少し教えていたの」
「ふうん…」
二人の返答を聞き流す私。すると父さんはボソリと呟いた。
「比呂美ちゃんはすごいよね。うちの娘もそれくらい優秀だったら良かったのに…馬鹿で困るよ。チビだしな」
父さんの言葉に含まれている小さな針が私の心に刺さってくる。
「…どうせ私は頭悪いですよ。それにチビは父さん譲りだよ」
たしかに私はテストの点数があまり良くない。それに比呂美ちゃんは私に読めないような難しい漢字ですらもすらすらと簡単に書いてしまう。テストも殆ど100点に近い点数しか取った事がないらしい。私とは根本的に頭の出来が違うのだ。そして身長も年長の私が3人の中で一番低い。私には年上の面目と言うものが保てる事など殆どないのだ。そんな事を私が考えていると眞一郎が父さんを見つめて反論しだした。
「愛ちゃんは馬鹿じゃないよ。おじさん」
眞一郎の言葉は私の心に刺さった小さな針をゆっくりと溶かしていく。そう眞一郎は、眞一郎だけは私と比呂美ちゃんを比べない。比べたりしないのだ。そして私は眞一郎を見つめる。いつだったろうか。この思いに気づいたのは。いつの間にか眞一郎は私にとって特別な存在になっていた。その眞一郎は隣の比呂美ちゃんから答えの出し方を聞いて頷いている。眞一郎の隣にいると比呂美ちゃんは本当に楽しそうな顔を見せるのを私は知っている。そう、わかっている。彼女もまた私同様に眞一郎の事が好きなのだ。そして多分眞一郎も…
「坊ちゃんは優しいねえ。誰かと違ってただ食いもしないし」
父さんの言葉が私の心にまた小さな針を刺した。
「別にいいでしょ。うちの店なんだから」
私は父さんの言葉に傷ついている事を表に出さないように気をつける。眞一郎が好きなのは比呂美ちゃんのようなしっかりした子なのだ。私はもっとしっかりするか、あるいはしっかりして見えるようにしなければならないのだ。私は棚の方まで行きトランプを取り出すとテーブルの上に置いた。
「勉強は学校できちんとすればそれでいい筈。学ぶときは学ぶ。遊ぶときは遊ぶ。けじめをつけないとね」
「愛ちゃんの言うとおりね。じゃ、続きはまた次の機会にしましょう」
比呂美ちゃんは私の言葉に同意したようだ。眞一郎もまた私の意見に納得したようでテスト用紙をランドセルに仕舞い込んだ。
「さ、何する?」
トランプを切りながら尋ねる私。
「じゃあまず七並べで」
「オーケー」
私は比呂美ちゃんのリクエストに従ってカードを配り始めた。その後、ブラックジャックやポーカー、ダウトなど幾つかのゲームに切り替えたが、その殆どは比呂美ちゃんの圧勝だった。頭を使うのも得意なら運もわりと強い。そしてスピードなどの反射神経が重要なゲームもまた彼女の独壇場なのだ。私は彼女にはずっとかなわないのかも知れない。そんな事を考えてしまう。私同様に負けている眞一郎は何故か嬉しそうに比呂美ちゃんを見ている。眞一郎は比呂美ちゃんが勝つのが嬉しいのだろうか?そんなに強くてしっかりした子が好きなのだろうか?眞一郎は私を一番に見てはくれないのだろうか?そんな葛藤を抱え続けた私が眞一郎の好みを誤解していた事を知るのはまだずっと先の話になるのだった。


(2)1/fゆらぎの振動

電車の振動が眠気を誘ったのだろう。いつのまにか湯浅さんは隣の男にもたれかかる様に居眠りをしている。
眞一郎はそんな彼女を隣で愛しそうに見つめている。こいつらは本当に通じ合っているというのが俺の目にもわかる。本当に羨ましい限りだ。いつかは俺と愛ちゃんもこいつらみたいになれるのだろうか。俺は隣にいる一つ年上の小柄な少女に目を向けた。愛ちゃんもまた眞一郎達を見つめている。ただその視線は俺とはまた違った意味を持っているように思える。多分彼女の中にはまだ眞一郎への未練が少し残っているのだろう。そんなことを考えていると彼女が視線に気づいて俺の方を見つめる。俺が慌てて目を逸らすと彼女もまた視線を泳がせたようだ。まずい。こんな時はなんと言えばいいのだろう。そんな事を考えていると車内アナウンスが流れ始めた。どうやら大き目の駅に着くらしい。まだまだ先は長い。そろそろ腹に何か入れておくといいかもしれない。
「腹へらね?」
「いいけど。駅の構内で?」
愛ちゃんが俺の顔を覗き込んできた。
「いや、どうせなんだから駅弁でも食おうぜ。眞一郎もいいよな?」
「俺は構わないが…」
眞一郎はそう答えると眠っている湯浅さんを見つめる。そして少し躊躇した後、彼女の肩を揺らし始めた。
「おい、比呂美。起きろ」
湯浅さんは寝ぼけ眼を擦りながら姿勢を正す。
「うーん」
「駅弁どうする?」
「…眞一郎君はもうちょっと足腰鍛えたほうが…」
なにやら意味不明な返答をする彼女。
「…寝ぼけてるな」
正直、湯浅さんのこんなだらしない姿を見るのは初めてだ。彼女にもこういう面があるとは思いもしなかった。眞一郎は彼女のこんな姿も見慣れているのだろうか。奴はただ優しく恋人を見つめていた。
「比呂美、食事どうする?駅弁でも買うか?」
眞一郎の言葉に湯浅さんは段々意識がはっきりしてきたらしい。
「ご飯?」
欠伸交じりに会話の内容を確認してくる湯浅さん。そんな彼女から視線を俺の方に移しながら愛ちゃんが口を開いた。
「私は鱒寿司がいいかな。三代吉は?」
「俺も同じでいいよ」
「じゃ、俺たちも…」
眞一郎も俺たちの答えに習おうとすると湯浅さんは奴の前に手を出してそれを制止した。
「ちょっと待って」
「他のがいいのか?」
眞一郎の問いかけに湯浅さんは手荷物をあさり始める。
「一応おにぎりは少し用意しておいたけど…どうする?」
そう言うと彼女はタッパーを取り出した。
「別に今すぐ食べなくても夜食とかにする手もあるけど」
そう付け足す彼女。俺と愛ちゃんは顔を見合す。
「じゃあさ、鱒寿司を一個だけ買って皆で分けるってのは?」
眞一郎の提案。だが愛ちゃんから忠告が入る。
「小さいのもあるけど…本来の鱒寿司は一個で二人分以上あるのよ?」
「大丈夫だって。俺も眞一郎も結構食うし。お握り食って鱒寿司の半分くらいなら十分食いきれるだろ」
俺はおにぎりも鱒寿司も食べきることが出来ると断言して見せた。
「私は少食なんだけどな」
「大丈夫、愛ちゃんが残しても俺が全部食って見せるから」
で結局俺の意見が採用され俺は2個分つまり四人分の鱒寿司をホームの売店で購入した。そしてまず鱒寿司を分割して皆で食べる。おいしいねとそれぞれが一口目の感想を述べていると列車はまた動き出した。そして動く列車の中のボックス席で流れる景色を眺めつつ仲良く駅弁を食べる。本当に俺たちは旅行をしているんだという実感が沸いてくる瞬間だ。そして結局愛ちゃんは半分の鱒寿司の内の4分の3ですなわち8分の3、残りの8分の5は俺が食べることになった。眞一郎も湯浅さんもきっちり半分食べきったようだ。そして眞一郎は湯浅さんの用意したおにぎりに手をつけ始めている。どうやらおにぎりはまたも筍の炊き込みご飯らしい。ちょっと拘り過ぎだと感じながら俺もおにぎりに手を伸ばした。8個用意してあったおにぎりの内の半分の4個が俺のノルマだったわけだが正直2個食った段階でもう腹いっぱいになっていた。だが食べるといってしまった手前投げ出すわけにもいかない。
「大丈夫?三代吉」
愛ちゃんが心配そうな顔を見せてくるも俺は大丈夫と強がって何とかノルマを平らげることに成功した。眞一郎も自分のノルマをこなしてちょっと苦しそうだ。
「ごめんね、眞一郎君。私が勝手におにぎり作ってきたばっかりに…」
「大丈夫、すぐに消化するよ。これくらい」
湯浅さんは眞一郎の心配ばかりで俺のことは全く気にかけてないようだ。まあ彼女はそういう性格だというのは俺もとっくに気がついている。むしろ愛ちゃんが眞一郎でなく俺の心配をしてくれたことを喜ぶべきだろう。俺たちの距離は着実に近づいている。今回の旅行の間にゴールできる可能性がまた少し上がったと俺は感じていた。

食事の後はトランプで時間を潰す事になった。トランプは先月愛ちゃんからの眞一郎への誕生日プレゼントとして渡したやつだ。電車の中でも出来るゲームは限られる。ババぬきやポーカー、ページワン、この3種のゲームを行ったが、その殆どは湯浅さんの一人勝ちになった。始まる前にトランプと聞いて愛ちゃんが苦い顔をした理由がなんとなくわかった気がする。勝ちが一人に偏ると負け続きの残りの者はあまり楽しくなくなってしまう。これ以上場の空気を悪くしたくないと感じた俺がもうトランプは止めようと言いかけたとき車内アナウンスは目的地が近づいたことを教えてくれた。助かったと俺は胸を撫で下ろす。隣の愛ちゃんもまた同じように胸を撫で下ろしていた。同じことをしていた事に気づいた俺たちは顔を見合わせて苦笑いをしたのだった。


(3)オーガズム曲線

至福の時間は十数分間ほど続く。男の子だと絶頂はすぐに終わってしまうらしい。女に生まれて本当に良かったと思う反面、眞一郎君がかわいそうだとも思う。そのかわいそうな眞一郎君はコンドームを結んでロフトのベッドサイドに常備してある小さなゴミ箱に放り込んだ。そしてその傍にあるティッシュ箱から2枚を取り出して一枚を私に差し出した。
「ありがと」
私はティッシュを受け取るとラブジュースで濡れた股間を拭いた。眞一郎君もティッシュで後始末をしている。そして眞一郎君はそれをゴミ箱に放り込むと私をしばらく見つめて口を開いた。
「なあ、お前ゴールデンウィーク予定空いてるよな」
「うん。空いてるけど」
私は丸めたティッシュを眞一郎君に投げる。眞一郎君はそれを受け取るとまたゴミ箱に捨てた。
「うん、実は…三代吉がな」
「眞一郎君は野伏君とどこか行くの?」
私は思わず眉をひそめる。恋人をそっちのけにして友達と遊びに行くというのだろうか?
「いや、そうじゃなくて、いや、そうなんだけどちょっと違うんだ」
じゃあ、どういうことなのだろうか?私が頭を悩ませていると眞一郎君は話を続けた。
「四人で出かけないかって」
「四人?愛ちゃんも?この間みたいに?」
春休み中の月曜に私たちは野伏君の提案により四人で遊園地に出かけた。彼にちょっとした借りがあった私たちは誘いを無下に断ることなど出来ないし、愛ちゃんに私たちの熱愛を見せ付けるチャンスでもあったからだ。そして遊園地では私は眞一郎君と思い切りイチャイチャして見せた。愛ちゃんたちはちょっと呆れてたみたいだったが、彼女が眞一郎に未練を残さないようにするには必要なことだったと思っている。そうなふうに私が瞬間的に遊園地での事を思い返している間にも眞一郎君は話を続けていた。
「うん、温泉に行きたいんだと。でも流石に二人きりだと愛ちゃんが首を縦に振らないだろうから」
「なるほどねえ。で予算は幾ら位なの」
「それなんだが、うまく行ったら俺らの分の半額出してもいいって三代吉が」
「うまくって…最後まで行くつもりなの?」
いつの間に二人の関係はそこまで進展したのだろう。もうゴールまで後一息だとは。
「うん、三代吉自身はそういうつもりの旅行らしい」
眞一郎君もそうそう最後までいけるは思ってはいないようだ。
「なるほど…半額ね。うん、わかったわ。行きましょう温泉」
「そうか。良かった。ありがとう。あいつも喜ぶよ」
そういうと眞一郎君は私にキスをしてきた。彼は私が半額に釣られたと思っているかもしれない。でも私の真意は他にある。愛ちゃんが本当に野伏君を選んだのか確認したいのだ。眞一郎君に未練を残してないかはっきりさせたい。そう思って私は温泉旅行に同意したのだ。そして長いキスを終えると眞一郎君は私に質問をしてきた。
「そういやお前って温泉いったことあるのか?」
「ないわよ?家はそんなにお金なかったしね」
「俺もだよ。親父は年中仕事してるから。そんな暇ないみたいで」
お金持ちの眞一郎君が温泉が初めてと言うのはちょっと意外だったが、おじさんの休暇の問題ならば納得が出来る。私が同居していた一年ちょっとの間もおじさんが休みだった日などなかったように思う。本当に仕事一筋な人なのだろう。
「じゃ、私たちはじめて同志だね」
「そうだな」
そういうと私と眞一郎君は笑いあった。初めての温泉旅行。二人きりでないのがちょっと残念だが、初めての恋人との旅行に私の胸は期待を覚えずにはいられなかったのだ。


(4)期待値とのずれ

目的の宿までは結構距離がある。三代吉の予定ではタクシーを使うはずだったらしい。だが歩いて30分位だと聞くと比呂美は歩いていこうと提案してきた。何でも電車の中ではずっと座りっぱなしだったから体を動かしたいらしい。俺は別に歩いてもかまわなかったし、三代吉も体力的には余裕で大丈夫だろう。だが問題となるのは愛ちゃんだ。特に運動が得意と言う訳でもない彼女に30分もの徒歩を強要して良いものだろうか?俺と三代吉が視線で相談していると愛ちゃん本人から賛同を示してきた。まあ、いざとなったら三代吉が肩を貸したりすれば良いだろう。そんな考えを持っていた俺の甘さを比呂美の更なる提案が吹き飛ばしてしまった。電柱1本分歩く毎にじゃんけんをして負けた人に全員分の荷物を持たせようというのだ。これにはさすがに俺も反対した。だが三代吉の賛同と愛ちゃんのどちらでも構わないとする中立宣言によって比呂美案は多数決で採決される事になった。俺一人が反対を押し切っても良くないだろう。仕方なく俺も多数決決議に従うことにする。そして早速じゃんけんをする事になったが、最初の敗者は三代吉となった。三代吉は負けて全員分の荷物を持つことになった割りにやけに嬉しそうだった。そう、今回の三代吉は本当に浮かれている。でもそれも仕方ないことだろう。俺は以前の三代吉との会話を思い出していた。

「よう三代吉」
「おはようさん♪」
下駄箱前で偶然に鉢合わせた俺と三代吉は互いに挨拶を交わした。リズミカルな挨拶が示すようにその日の三代吉は妙に機嫌が良い。
「何かいいことあったのか。あ、俺とまた同じクラスなのがそんなに嬉しいのか?」
俺と三代吉は今年も同じクラスに配属となった。冗談めかして言ったことだがそれは確かに喜ばしいことだった。ただ残念な事に比呂美とは別のクラスになってしまった。まあ、別にあいつの部屋に行けば幾らでも触れ合える。すなわち学校で係われなくとも十分に取り返せるのだ。構わないだろう。大体学校では距離を置こうという比呂美の提案を俺は最初から受け入れている訳だし。ちなみに乃絵と別のクラスだったことに俺は思わず胸を撫で下ろし一安心してしまったのだが取り合えず今は関係ない話だ。
「こないだはありがとな。付き合ってくれて」
「ああ、あれぐらいどうってことないよ」
三代吉の話は春休み中に4人で遊園地にいったことについてだ。三代吉たちはまだ二人きりで本格的なデート出来るような関係にはいたってないらしい。だから俺と比呂美と合わせて4人で出かけることにして愛ちゃんを納得させたのだ。俺としては断る理由もないし、第一三代吉には借りもある。すぐに同意の返事を返した。唯一の不安材料だった比呂美も夜に話を切り出すとあっさりと同意を示してきた。そして決行されたダブルデートは概ね成功を収めたと言っていいだろう。愛ちゃんが絶叫系が苦手なのは意外だったが彼女自身はトータル的にはそれなりに楽しめたらしい。そういえば比呂美がなぜかいつも以上に甘えてきてちょっと不思議に感じたのだが。多分久しぶりの遊園地ではしゃいでいたんだろう。そんなことを考えていると三代吉がにやけながら俺の肩を強く叩いてきた。
「聞いてくれよ眞一郎。聞いてくれよ」
「わかったわかった。聞くからさ、叩くなよ」
俺は背中を擦りながら尋ねる。
「で、何かあったのか?」
「あったなんてもんじゃないぜ!キスだよ!キスしちゃったんだよ!」
「愛ちゃんとか?」
「他に誰がいるよ。あのダブルデートの後、お前らと別れ二人きりになってから話してたらいいムードになってさ…」
「そうか…良かったな」
「橋の真ん中でのファーストキス。俺は一生忘れないぜ」
拳を握って力説する三代吉。そんな三代吉を見ていると俺まで嬉しくなる。
「…でも愛ちゃんは初めてじゃないだよな」
拳を下げる三代吉。俺は慌ててフォローした。
「でも結構ハイペースじゃないか。3ヶ月ちょっとだろ?」
俺の言葉に三代吉は半目を見せる。
「付き合ってすぐに最後まで行ってる奴が言うか?」
三代吉は痛いところをついてくる。反論できずにいる俺に三代吉は言葉を続けた。
「でも俺だって!あと少しなんだ!そう、ゴールデンウィークこそが勝負のときだ!」
「が、頑張ってくれよ」
漫画だったら目から炎が出そうなほど燃えている三代吉。俺はそんな奴の成功を祈らずにはいられなかった。

そして俺が三代吉との会話を思い返してる間も電信柱ごとの荷物もち決定じゃんけんは続き、結局言いだしっぺの比呂美は殆ど荷物を持つこともなく、そして一番荷物を持つことになったのは愛ちゃんだった。途中、疲れを見せた愛ちゃんに三代吉が助け舟を出そうとはしたのだが、比呂美がそれをルール違反だと禁止してしまう。そんなこんなで旅館につくころにはもう愛ちゃんはふらふらになっていたのだった。

    (中編へつづく)
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