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2009-02-11(Wed)

補足 04.石動兄妹の血縁

普通に考えるなら乃絵と純に血のつながりは無い。純が眞一郎を訪ねて来た時、眞一郎に「似てますね。妹さんに」とか言われた純は「全然」と即座に否定している。

酒蔵の少年と眞一郎が昔のアルバムで眞一郎の父の写真を見た時を思い出そう。酒蔵の少年に「坊ちゃんに似てますね」と言われた眞一郎は「そうかあ?」と返している。普通、自分が似てないと思っている血縁者との類似を他人に指摘されると普通こういう反応を返す。自分では似てないと思うけど他人から見れば似ているのかも知れない。そう考えてしまうのだ。

ゆえに即座に否定できる純には他人から見ても似て無いというなんらかの根拠を持っている筈。それは非血縁である可能性が極めて高い。さらに乃絵が自分の兄を純と時折名前で呼ぶのは乃絵自身も非血縁を知っていて心のどこかで兄を異性として認識している部分がある程度存在しているからだろう。後、乃絵の回想シーンで純がおばあちゃんの涙を貰うという言葉に反発している。これは純と祖母との距離感の遠さを示し、祖母とも非血縁である可能性を示すものだ。

非血縁なら妹に恋愛感情を持つのは異常ではないと言う人もいるかも知れないが、そういう人はドラマや漫画などフィクションに毒されているだけだ。普通、単なる兄妹としてしか意識せずに育った相手に恋愛感情を抱くことは無い。単なる妹だった存在に恋愛感情を持つのは異常でしかない。だが非血縁の妹への恋愛感情全てが異常なのではない。兄妹だけどその気になれば結婚だって出来る異性なのだと最初から意識し続けて育ったのなら異常にはならない。この差は外部の人間にはわからない事なのだが。

実際問題、田舎町で兄妹で結婚などしたら色々と悪い評判が立ちそうでもある。まあ引越しとかすれば万事解決することなんだろうが。

2009-02-10(Tue)

補足 03.堤防

で、作中何度も登場する堤防である。OA途中の段階では海へ延びる場所で、新しい世界へと前に進むための道…等とも考えたが、それなら船着場の方がいい筈。ゆえに答えとしては成立しない。こういうすぐに自分で否定できる程度の事しか考えられなかった。それもそのはず堤防の意味は全話見ないと理解できないものだったのだ。

第12話において乃絵は純の告白の後に堤防に立つ。「何も見てない私の瞳から本当に涙なんて流れるのかしら」強風に煽られ波が堤防にぶつかって波しぶきがたつ。この波しぶきこそが涙である。

第13話における乃絵が泣けない理由を思い出そう。他人に心を開いてないから大切な人が出来ず。それゆえに涙も流れない。堤防とは…いや言い換えよう防波堤とは何なのか?それは外側の波を内側に入れないようにするものだ。外側の波は他人の感情で、それを受け入れないから内側には波しぶきもたたない。つまり涙も流れない。そう防波堤とは他人を受け入れない石動乃絵そのものだったのだ。まあ正確に言うならば防波堤の内側なんだけどね。

しかし全話見ないとわからない抽象表現を第01話からずっと続けていたのか…とか思うと。後ずっと続けていた抽象表現をろくに誰も理解しなかったりする訳で、アニメ製作ってのは大変だよなと思う。

2009-02-09(Mon)

補足 02.比呂美の眼鏡

第11話以降に突然現れる眼鏡っ娘タイプの比呂美。まあ脚本的には眞一郎にしか見せたくないもう一つの顔とか、そんな感じなんだろうが。正直脚本的な理由などどうでもいい筈。問題になるのは演出的な理由だ。アニメーションにおいては脚本よりも演出が重要なのだ。朝日の昇る海岸線に夕日が沈んだって構わないのがアニメーションなのだ。

で、肝心の眼鏡の演出的な意味だが、これにも結構頭を悩ませた。最初は色眼鏡で視界が狭まっている状態なのかとも思ったが、それでは第13話での誘惑のシーンにおいて眼鏡を掛けていないのが説明つかなくなる。一番視界が狭くなってないといけない場面だ。散々悩んだ挙句に出てきた記号。それは眼鏡=真面目というものだ。余りにも基本的過ぎて中々思いつかなかったそれは、比呂美の眼鏡をすべて説明出来てしまったのだ。

つまり比呂美の眼鏡は真面目ぶるという記号であり、意識的に真面目ぶってないと自分が保てない状態を表す。これなら誘惑のシーンに眼鏡を掛けていないのは真面目ぶる必要がない場面だからと説明できる。あと第11話の比呂美のアパートでの朝食も、誘惑に成功した後で真面目ぶってないと自分が保てないから。風呂の後の朋与からの電話のシーンもわざわざ風呂の後にコンタクトをはめないというリアリティ重視の理由だけでなく、孤独に耐えなければならない場面だから真面目ぶる必要があると。第13話での部屋で眞一郎を待つ場面でも当然真面目ぶってないと耐えられないからと言える。

この手の何の脈略もなく突然現れる要素というのは演出的な意味合いが大きい場合が多いように思う。作品読解において見落としてはいけない部分だろう。

2009-02-08(Sun)

補足 01.絵本象徴の拡張

何から補足していこうかと考えてたら第12話考察において書き忘れがあったのに気づいた。そういうわけでそこから補足に手を伸ばしていこう。

絵本創作の「あの赤い実を食べたせいでしょうか。それともこの白い雪のせいでしょうか」の部分。すでに餌が女の子であることは述べたが、ここで赤い実を食べたとしてあるので、餌の中でも赤い実は比呂美を差すことになる。で白い雪は夢で出てきたように乃絵の事である。以上書き忘れたことその1。

さて気づいただろうか?絵本においては赤い実が比呂美で、白い雪が乃絵である。だが現実の二人のキーアイテムは真逆である。赤い実にこだわっているのが乃絵で白い雪にこだわっているのが比呂美だ。

ここでふと考える。この絵本の象徴は現実側に拡張出来るのではと。乃絵が眞一郎に赤い実を与えるのは乃絵との出会いによって眞一郎が比呂美を手に入れる事になる…それは苦味を伴うものではあるのだが…という暗喩とも取れる。比呂美の白い雪への嫌悪は乃絵への嫌悪であると。

だが、その障害となる要素がある。比呂美の雪への嫌悪感の払拭描写である。絵本象徴は現実側に拡張出来ないのだろうか。しばらく頭を悩ませる事となったが意外な所から突破口が見えた。2chにおいて乃絵の歌うアブラムシは雪虫のことであるという書き込みを見つけたのである。

雪虫 - Wikipedia
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%9B%AA%E8%99%AB
YouTube - 雪虫
http://www.youtube.com/watch?v=ym6ABZvxOfg

北海道などに現れる雪虫は別名雪の妖精とも言うらしい。てっきりアブラムシの唄は蟻との共生を表すものだと思っていたが。もし乃絵=雪の妖精ならば、現実でも乃絵=白い雪になるはず。だったら今一度比呂美の雪に対する描写を考え直さなければならない。そう考えると比呂美の雪に対する態度は極めてデリケートに表現されていることに気づく。

 1.雪が突然嫌いになる…特に何の感情も抱いていなかった石動乃絵に対し彼女が眞一郎に近づくにしたがって嫌悪感を抱き始める。

 2.雪かきをする…眞一郎の前から乃絵を排除したい。

 3.雪の海が見たい…雪が波に飲まれ消えるのが見たい→眞一郎の心から乃絵がいなくなったのを確認したい。

 4.第13話の竹林の雪…嫌な思い出とリンクしたから雪が嫌いになっていたが、いい思い出とリンクしたから今後は好きになれるかも→眞一郎が自分だけのものになるなら乃絵も好きになれるかも。

後、アイスクリームを食べるというのも雪に対する嫌悪感の払拭描写なのだが、アイスクリームを食べるシーンは直接描かれる事はなかった。ソーダ味のアイスバーを食べるシーンはあったがあれは雪とはリンクしない。

ちなみアイスは比呂美の好物だと思っている人もいるかもしれないが、比呂美がアイスを食べるのは無駄にしてしまった1年間を取り戻そうとする行為であって、好物かどうかは別問題。好物である可能性もあるだろうと言うかもしれないが、比呂美は本当に好きなものは嫌いになったりしない。眞一郎が嫌な思い出とリンクしても嫌いになったりしないように。つまりは比呂美が雪が好きだったというのはなんとなく好きという位のもので本気で好きな訳じゃなかったと。だからアイスもまた雪と一緒に嫌いになれる程度のものでしかなかった筈。まあ今後、アイスを沢山食べるうちに彼女自身好物だと勘違いしてしまうかもしれないが。

という訳で一見して比呂美の雪への嫌悪感の払拭描写に見えるものは実は払拭描写になっていないのだ。本当にデリケート極まりない表現だと思う。正直ハイブロウ過ぎだろう。

で書き忘れその2もついでに処理しておこう。第11話考察にて地べたの飛翔と死は純の比呂美への告白まがいのスタンドプレイと玉砕としたが、これは第12話における純の乃絵への告白と玉砕である可能性も十分にある。まあどちらでも構わない気もするが。後、純=地べたは現実側には拡張出来ないと思う。純は比呂美を食べれなかったし。

なんか書き忘れのおかげで説明がスムーズに進んだな。まぐれってあるよのね。

2009-02-03(Tue)

第13話「君の涙を」考察(裏)

というわけで第11話(裏)に続きまたもや隠蔽されている第13話の真の姿についてです。考察(表)と同じ部分は割愛します。


ケーキを出す比呂美。とっておきのご馳走。それは自分の体…ではなく、その直後の描写の“男が持っているものに両手を添えて口をつける”ということ。すわなち“口でしてあげる”と。だがこんな暗喩に眞一郎が気づく訳もない。眞一郎が拒否したのは比呂美がTPOをわきまえなかった事によると思われる。

逆に言えば第11話における誘惑はTPO等をわきまえた自然なものだったのだろう。

「どんどん、どんどん、嫌な娘になっていく」この比呂美の台詞。わざわざ“どんどん”を二度繰り返すのは第11話の段階で嫌な娘になっていて、この時点ではさらに悪化しているから。

眞一郎の母が出すチーズケーキ。なぜチーズなのか?よく女性器の臭いはチーズはっぽいと喩えられる。つまり眞一郎の母は息子と比呂美の肉体関係に感づいていて、それを認めてもいいとの意思表示と考えられる。

180度開脚。これにも頭を悩まされた。だが考えるうちに激しい運動で処女膜が破損する場合があるという事に気がついた。調べてみるとやはり開脚運動は処女膜が破損しやすいようだ。
すなわち比呂美は今まで無意識的だか意識的だか処女膜を守ろうと開脚を手加減していたのだ。だが第11話において処女膜を失った比呂美には開脚の手加減が無用になり180度開けるようになったと。そして比呂美は気づく。体を張って手に入れたものが180度開脚だけだったことに。これ以上嫌な娘にならないように心がけようと思ったのもつかの間、彼女は自分がもうどうしようもなく嫌な女であることに気づいたのだ。ひょっとしたら第11話での誘惑が自分自身の思い出への裏切りだと気づいたのかもしれない。自分を嫌な女にしているのは眞一郎への激しい愛情だ。別れようか?でも別れたくない…どうしたらいいのかわからなくなった比呂美は朦朧としながら二人の原点である竹林に。ここに来れば答えが出るかもしれないと。だが比呂美が答えを得る前に眞一郎が現れる。ちゃんと自分の所に戻ってきてくれた…けど今は答えを聞きたくはない。比呂美はうまく話をはぐらかそうとする。だがちゃんとしてきた眞一郎には通じなかった。そして「付き合おう」との眞一郎の言葉。それでも比呂美は拒絶を示す。一緒にいても嫌な女になるだけだ。嫌な女になりたくはない。だが眞一郎のプロポーズじみた告白。眞一郎はこんなに嫌な女である自分と生涯を共にしてもいいというのだ。彼は自分がどれだけ嫌な女になろうと構わないというのだ。彼なら嫌な女である部分も含め全部自分を受け入れてくれる。それに気づいた比呂美は眞一郎の告白に同意すると。

だが眞一郎自身は比呂美を嫌な女だとは思ってないだろう。まあややこしくて面倒くさい女だとは思っているだろうが。で比呂美がどんなにややこしくて面倒な女でも構わないことを示すためにプロポーズまがいの告白をしたと。

ちなみに個人的には親友に嘘はつかないと言って堂々と嘘の思い人を告げた時点で十分に嫌な女だと思うんですけどね。


以上でとりあえず考察終わり。以下第11話以降の簡単な総括。


第11話以降は恋愛面においてそれぞれ独立したサブテーマを持っていると言える。
 第11話…安易な体だけの繋がりの否定
 第12話…恋愛しか考えない女とそれ以外も考える男とのすれ違い
 第13話…比呂美が自分自身の黒さに耐えられなくなる話

これらはそれぞれ魅力的なテーマと言えるだろう。とくに安易な体だけの繋がりの否定はかなり魅力的だ。もし眞一郎と比呂美が二人で十分に話し合っていたら、比呂美は乃絵に逆転されるかもしれないという不安に悩まされずに体を張った誘惑などもしなかったろう。ただ眞一郎自身、自分の乃絵への思いが恋愛感情ではないことに気づいていてもそれがどういうものか説明出来ないだろうが…

だがせっかく魅力的なテーマを用意していても通じないなら意味がない。誰にも理解されないメッセージなど作品にこめても無意味である。はっきりいって第11話以降の隠蔽は失敗でしかない。

主人公とヒロインが体を使った誘惑で結ばれる事で一部から反発を買うことを恐れたのかも知れないが(特に乃絵のファンからは強い反発を買うだろう)…そういう日和見の姿勢ではいい作品など作れないと思う。隠蔽などせずに明確に表現すべきだったろう。


というわけで全13話分の考察は終り…でもまだ細かい補足が色々と残っている。まだもうちょっとだけ続くんじゃ。

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