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2009-02-14(Sat)

考察あとがき 02.過去から現在

もっとアニメーションというものを理解したい。そうはっきりと願ったのは多分「彼氏彼女の事情」の時だったと思う。「カレカノ」の抽象表現は大半は理解できたとは思うが理解出来なかったものも確かに存在したのだ。自分の理解できないものを安易に否定するような“連中”と同じにはなりたくなかった。ここでいう“連中”とは劇場版エヴァンゲリオンでラストシーンに対し露骨に嫌悪感を示しエヴァ自体をも嫌いになるような輩のことである。エヴァのラストは現実はオタクに対し厳しいがそれでも現実で生きていかねばならない事を示すものだと思う。テーマ性の為にストーリーを犠牲にしている点は否めないし、好きにはなれないが、それでも監督が示したテーマを理解しようとしないうちから否定するのは納得が出来ない。だが自分もまた偶々理解したモノだけ肯定し偶々理解出来ないモノを否定しているに過ぎないのではとも思う。“連中”と同じにならないためにはもっと作品に対する理解力を向上させるしかないのだ。いや、正直脚本論なら少しは当時でも語れると思っている。だが演出論は全く語れないかったのだ。まあ今でも演出論など全然語れないけどね。あれ、上手って右で良かったっけ?とか。そういうレベル。

向上心こそあるものの、正直理解力を高めるような具体的な手段などは思いつかない。そしてだらだらと時間だけが過ぎていく。その間、ほんの少しの向上はあったと思うが大した事はない。「少女革命ウテナ」もラストシーンこそ理解出来たものの抽象表現で理解出来ないものも多かった。「THEビッグオーsecond season」にいたっては抽象と具象の区別すらつかないのだ。

だが今回の「true tears」を見続けて行くうちに気付く。恋愛モノで非現実的な要素が殆ど無い。そして結構抽象表現も多そうだ。これをちゃんと理解できたらそれなりにレベルアップできるのではと。だがヒロイン湯浅比呂美の魅力はそんな思いを吹き飛ばすほどに強力だった。そんな意図等忘れて作品を楽しんでしまっていた。まあそれでも多少は進めたとは思うが。

で、第11話である。眞一郎と比呂美は事後なのか?一度見終わった後もう一度じっくり見返してから考えてみると事後であることがはっきりと理解できた。だがネットを見てみると誰もそれに気付いてないようだ。明かすべきか?だがスタッフの意図が隠蔽である以上、一視聴者が安易に暴露すべきではない。そう思って伏せておく事にした。

そして第13話。一度見た感想はドラマ性に乏しく今一つだと思った。そして自分の第11話での結論…眞一郎と比呂美の肉体関係が間違いなのかと疑うこととなったが、もう一度見返してみると結局第13話も隠蔽されていることが判った。そしてその後暫く考えるうちに180度開脚の意味にも気付くと竹林のシーンもきちんと理解できる。そうするとこの第13話は必要な事をしっかりこなしている最終話である事に気付きこれがベストの最終話なのだと思えるようになった。だが相変わらず隠蔽に気付くものはネットで見かけない。

この隠蔽、誰も気付けないなら隠蔽したことが全くの無意味になる。このまま放置しておけばやがて「true tears」自体が過去のモノになってしまう。それでいいのだろうか。でもスタッフの意図が隠蔽であることは尊重すべきだ。そんな迷いに暫く身を苛ませていたが、ふと気付く。アニメDVDの売り上げは発売直後に集中する。だからDVDが出た後でならこの隠蔽を暴露しても売り上げに対する悪影響は発生しないはずだ。ならばDVD発売に合わせて考察を展開して行けば隠蔽を暴露しても構わない筈だと。

そして考察ブログの開設を決意する。そして考察で比呂美の問題点を暴露する以上、それをフォローするモノが必要だと感じ二次創作SS二本が絶対に必要だと結論付けた。だが二本では少しさびしい。ということで二次創作連作という形が自然発生してきた。

そして当ブログは産声をオギャアとあげる。結局考察が随分遅れてしまうのだが。そして考察ではキモとなるような抽象表現は絶対に外さない様に心がける。俺の通った道が後から来た人がすんなり進めるように。アニメーションをもっと理解したいと願う人が簡単に俺を追い越していけるように。


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