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2009-12-28(Mon)

キャラ分析03.湯浅比呂美は策士にあらず

誤解している人もいるようだが比呂美は策士などではない。なぜならば彼女がしているのは策略などではなくその場しのぎにすぎないからだ。

第02話にて比呂美は乃絵と友達になりたいと眞一郎に紹介を求める。これは眞一郎の身近に自分という女がいることを乃絵に知らしめるという、言わば警告なのだが、実際には彼女自身、自分が何をしたがっているのか分かっていない。それにもし乃絵が噂どおりのプレイガールだったのなら自分と眞一郎との関係を問いただされ答えに窮するだけである。

その前の段階での眞一郎に乃絵の悪い噂を教えるという部分も、眞一郎が自分以外の女に近づくのを防ぐ行為なのではあるのだが、これは知人に悪い友人が出来ないか心配する一般的な行動だとも言える。故に策略とは呼べない。

第03話で比呂美は自分の想い人が純であると嘘をつくのだが、これは朋与に自分と眞一郎の話題を出されないようにするためのもので、そのために都合が良さそうな二枚目で他校の人間である純を選んだのだろう。だが純が乃絵の兄で、乃絵と眞一郎は友人なのだから、ともすると自分も純と接点を持つ可能性を考慮していない。策略と呼ぶには流石に陳腐だろう。

第05話で眞一郎とともに下校しマフラーをかけてやるのは、単に眞一郎の心が自分から離れていくのが嫌だという比呂美の無意識の発露だろう。当然これもまた策略とは呼べない。

同じく第05話での乃絵との昼食を無視して昼練習をしているのは、単に乃絵と一緒にいたくないからで、バスケの練習をしているのは乃絵に対して言い訳をするためであろう。別に約束をしたわけでもない以上、これも策略とは呼べない。

第06話の兄妹疑惑の露呈はこれは比呂美にとってはマイナス要素になる。策略とは真逆の行為。

第08話での純とのフリースローゲーム、自分に有利なルールに変えさせるのは、純には嫌われても構わない…むしろ嫌ってくれた方がいいという想いとどうにかして乃絵の悪い情報を聞き出したいという想いが重なったからであろう。これもまた策略と呼ぶには足りなすぎる。

同じく第08話で雪の中純にバイクに乗せることを強要する件は自暴自棄になった結果であり、当然策略ではない。

第09話にて眞一郎の前で服を脱ぎ始める件は今回のバイク事故で自分が眞一郎を諦めることなど例え血が繋がっていたとしても出来はしないのだと無意識下で認識したが故の行為。相手を欲情させても構わないということなのだが、真面目な眞一郎にふしだらだと思われる可能性を考慮していない。やはりこれも策略とは呼べない。

第10話での比呂美の仲上家を出る決意。これは上手くいかない事があった場合、根本的な原因を取り除いたほうがいいという一般論に基づくもので、策略などではない。ちなみに彼女は少し勘違いをしている。彼女は自分の様々な不幸の要因が眞一郎との同居に甘えようとしたことにあると考えたようであるが、実際には少し違っていて、彼女の眞一郎への甘えが中途半端であったためというのが正解である。甘えるなら同居してキチンと甘えて、甘えないなら最初から同居しない。これが彼女のとるべき選択肢だったのだ。

同じく第10話での引越し直前においての自分の真意の告白。これもまた話の流れでつい喋ってしまっただけで、この程度で眞一郎が乃絵から自分に鞍替えしてくれるとは彼女も思ってない。これもまた策略には足りないのだ。

第12話で乃絵に自分の真意について伝え、身を引いて欲しいとする件も、眞一郎自身が決着をつける事に自分がでしゃばってしまい、よっとしたら眞一郎に嫌われてしまうかもしれないという可能性を考慮していない。

同じく第12話にてそのことを眞一郎に伝えるのは彼が乃絵と会う必要性を無くしたいからであろうが、乃絵の為に描いたらしい絵本が存在する以上、眞一郎が乃絵と直接会うのは避けられない。これもまた策略と呼ぶには足りないのだ。

第13話にてクラスメイトの目前で眞一郎を自宅へと誘う件は、周りの目を気にしている余裕がなくなっていて、そのついでに眞一郎に近づくあさみに警告をしただけのこと。

同じく第13話のフェラチオの誘惑、まだ明るい内からの誘惑を眞一郎から否定される可能性を考えておらず、実際に否定されてしまっている。これもまた策略と呼ぶには陳腐なのだ。

で最後の竹林の告白拒否も彼女自身、自分の嫌な女の部分と優等生の部分との矛盾に苦しんでいて、自分を嫌な女にする原因となっている眞一郎との交際を拒否したのだが、彼女自身、自分が眞一郎を諦められないことを一番良くわかっている。もうどうしたらいいのか彼女にも全く分からなくなっていたからなのだ。でも結局眞一郎が比呂美の矛盾自体を含めて受けいれてくれるから比呂美もまた矛盾した自分をそのまま受け入れる決意をしたのだが。んで、目標自体を決められてないのでこれもまた策略などではないのだ。

結局比呂美の行動はすべてその場しのぎによるもので策略などと呼べるような代物ではない。ただ頭のいい彼女はその場しのぎをその場にある材料だけを用いつつも普通の人よりも深い計算によって行っている。その深めの計算によるその場しのぎが彼女をやや策士っぽく感じさせているだけである。

そのそも第11話での乃絵の行方不明の連絡を眞一郎にするのを躊躇いつつも行うのは、眞一郎に伝えず、そのことについて純に嘘をつくという策略を一瞬考えるも、彼女自身がその策略を否定したからである。つまりは彼女の優等生の部分が策略を巡らすという行為を否定したのだ。比呂美の表層の優等生の部分は彼女にとって最大のアイデンティティである。故に彼女は策略を巡らさない。そしてその優等生故に第13話で彼女は己の中の矛盾に苦しんでしまうのだ。

ちなみに第02話での雷轟丸の墓の作り直しはたんなる悪戯。ちょっとしたその場のの思いつきに過ぎない。そもそも彼女は乃絵にこの「正論に悪意を込める」という行為が見抜かれるとは思ってない。この悪戯は相手が正論に反発しても勝ちだし、相手が悪意を見抜けなくても勝ちになる。だが乃絵は比呂美の正論を認めた上で悪意だけを否定した。故に比呂美は乃絵に完敗してしまうのだ。

話がそれてしまったが、いずれにせよこの悪戯もその場しのぎと同様にその場の材料だけを考慮して行うことに変りない。比呂美は目の前…その場にある材料を高速で計算することはできても全体を見通した計算…つまりは策略を行えないのだ。
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2008-12-24(Wed)

キャラ分析02.湯浅比呂美の両親像


第10話の考察も終わって比呂美と眞一郎の関係も一段落した。この辺で彼女の両親像のプロファイリングを行っておこう。もう少し早くやっても良かったのだが二人の関係が安定した後のほうがやり易いと判断しこのタイミングとなった。

まず以前述べたとおり、比呂美は表層的には大人しい優等生だが深層的には自己中心的な子供である。こういう表層と深層の剥離は厳格な親に優等生であることを強要されると発生しやすい。自然に大人になる前に大人の振りをするのが上手くなってしまうからだ。音無響子の父親も結構厳格な感じだった。で、比呂美の両親は父親と母親どちらが厳格なのか。このヒントは本編中に隠されている。比呂美は自分の実の父親が眞一郎の父だと思い込んでいてた筈なのにそれ自体には特にショックを感じていない。あくまでも自分と眞一郎の関係においてショックを感じているのみである。つまりは比呂美は自分の父親に愛情を殆ど抱いていない。おそらくはいい思い出を持っていないのだろう。そう彼女は父親から厳格な教育を受けていたのだ。

そして次に母親についてだが、比呂美は自分の母親にはちゃんと愛情を持っている。つまりは母親は厳格な人間ではない。眞一郎の母の台詞などから優しく大人しい人物である可能性が高いと思われる。多分比呂美と違い表層と深層の剥離はしていないのだろう。だが厳格な人間を夫に選ぶ以上、夫の厳格さを認めている筈でつまりは夫の娘に対する厳格な教育を否定しない人間なのだ。

で、仲上眞一郎との夏祭りの思い出に話を移す。おそらく彼はそれまで同い年の女子とまともに接したことが無かったのだろう。比呂美も含めて。彼はそれまで男友達としか遊んだことがなく、女の子を泣かせた経験も無かったのだろう。だから比呂美を脅かしてみたら泣き出して困ってしまったわけだ。初めて接した女の子の涙。それによって眞一郎は比呂美を自分が守らなければならないものと刷り込まれてしまう。彼が比呂美の笑顔が気になると言っていたのは笑顔を見ると泣いてない事に安心するからであって笑顔が好きだからなのではないのだ。

比呂美のほうはというと脅かされて靴を片方なくし泣いてしまい弱さを見せてしまったのだが、眞一郎はその弱さを受け入れて自分も靴を脱いでくれた。自分と同じ低い位置まで降りてきて大したことは無いのだと示してくれた。これは彼女が父親に常に高い位置にいなければならないと教えられてきた事とはまったく異なっている。彼女の父親が100%の厳しさだとするなら眞一郎は100%の優しさだ。ちなみに彼女の母親も優しい人間と思われるが先に述べたように厳格な夫に同意している人間なのでその優しさは低い位置にいる者を高い位置まで引き上げてやろうとする優しさである。これは低い位置にいてはいけないとする厳しさを含んでいるため100%の優しさとは呼べない。低い位置にいてもいいのだとする眞一郎こそが100%の優しさを持つのだ。言い換えるなら純粋な母性である。相手のすべてを受け入れ、そして自分のすべてを懸け守ろうとする者なのだ。

つまり比呂美は厳格な父親とそれに同意する母親によって教育されてきた言わばほぼ純粋な父性によって育てられた人間で、結果純粋な母性に対して飢えているのだ。そんな時同い年の異性に純粋な母性を与えてくれる者が現れた。彼女が眞一郎に強い想いを抱くのは当然と言えよう。

純粋な優しさをもつ人間なんて眞一郎一人じゃないだろう探せば結構いるんじゃないかと思う人もいるだろうが、比呂美の本質的な弱さを知っているか否かというポイントがある。比呂美は能力的に優秀なので弱さを他人に見せる機会自体が殆どないのだ。そして彼女自身も他人に弱さを見せたくないと思っている。結果比呂美の本質を知る人間は殆どいないという事になる。

さらにいえば比呂美のような表層と深層が剥離した人間に対して表層のみをやたらに肯定すればそれは本質である深層を否定するのと同義である。彼女は真の意味で他人から肯定されることはまず無いのである。

ちなみに本編中第10話までにおいて比呂美が眞一郎から否定されるのはただ一回、第04話で純と接点を持ちたいから乃絵と友達になりたいと言うなら最初から言ってくれないと卑怯だと言われたときだけである。この時比呂美は怒ったりせずに泣きそうになる。これは自分を絶対否定しない存在と思っていた眞一郎に否定されたからである。当然眞一郎はこの後自分の失言を猛烈に後悔している。自分が守らなければならない者を自分から傷つけてしまったからだ。

後、比呂美と愛子とどちらが先に眞一郎と出会っていたかは不明だが、どちらにせよ愛子は年上としてお姉さんぶっていたはずなので眞一郎は自分が守らなければならないものだと認識する事は無かったということ。愛子が年上に設定されているのにもちゃんと理由があるのだ。

と言うわけでキャラ分析も終了。これによって湯浅比呂美の複雑な性格への理解が少しはし易くなっただろうか?まあ比呂美はアニメ史上もっとも複雑な性格の人物だと思われるほどなのでこれ位では理解しきれないかもしれないが、当方が分析できるのはここまでであるのであしからず。

ていうか父性だの母性だの喚いているとVガンが見たくなってくるな。

2008-04-17(Thu)

キャラ分析01.湯浅比呂美の精神分析

さすがに第1話の考察がメモ書きのみってはひどいと思うので予習として彼女の意識構造の分析などをば。

まず理解しなければいけないのは、彼女は表層意識と深層意識が完全に剥離して真逆を向いているキャラクターだということです。
表層意識は真面目な優等生なのですが、深層意識は我侭で自己中心的、独占欲が強くて泣き虫、極めて子供じみています。
そして普段は表層意識のみが表に出ているのですが、恋愛がらみだと深層意識がかなり頻繁に顔を出します。
こういった性格になった経緯はおおよそ推察できますが、これはまたの機会にしましょう。
ちなみに、深層意識の喜怒哀楽の感情のうち、「喜」「楽」そして「怒」の部分が我侭で独占欲が強く、「哀」の部分が泣き虫となっています。

で表層意識と深層意識が剥離しているため言動の不一致が発生します。つまりは深層意識に基づいた言動を表層意識が理解できなかったり、深層意識と真逆の言動を表層意識が行ったり、言葉は表層意識に従いつつ発するも行動は深層意識に基づいていたりします。

この言動不一致に主人公や自分自身が振り回されるのが彼女の魅力の大きなキモになっています。

あとこの複雑な性格が織り成す多面性、とりわけ相手ごとに異なる表情や表面的な性格を見せてくれることも重要なポイントだと思います。

さて、こういう性格をしたアニメキャラというのは中々いないのですが、
一人だけ類似性の高いキャラクターがいます。
それは「めぞん一刻」のヒロイン、音無響子です。
彼女もまた表層意識では真面目な優等生で、深層意識では我侭で独占欲が強いキャラクターです。
そして表層意識では彼女は自分の恋愛は死んだ夫ただ一人のみとしていますが、深層意識では新しい想い人である主人公、五代裕作を独占したくて仕方がありません。
それゆえ彼女は五代への恋愛感情を完全に否定しつつ彼が他の女性と親しくしていると激しい嫉妬の炎を燃えたぎらせるのです。

音無響子と湯浅比呂美。表面的な属性で考えると余り似ていない二人ですが、本質的な部分のみで考えると極めて似ているといえます。当方は湯浅比呂美を21世紀型の音無響子と考えています。いやむしろ音無響子を超えた存在であると思っています。

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