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2017-01-13(Fri)

二年次九月中旬:風と塒(外伝:石動乃絵)

true tears 二次創作小説です。本編全話視聴終了済みの方のみご覧ください。


二年次九月中旬:風と塒(外伝:石動乃絵)

注:今回は湯浅比呂美の出番はありません



二学期が始まって少し経ってはいるが、9月とは言えまだまだ残暑は残る。時刻は4時前、ちょうど下校時刻のために道行く生徒たちがあちこちに見える。そんな中、下校生徒の一人であるところの日登美は、手で顔を仰ぎながらだらけた顔をしていた。
「あー暑い。早く涼しくならないかなあ」
「秋になったらあっという間に冬だよ。あたし寒いの苦手なのよね」
そう答えたのは桜子だ。彼女はメガネを直しながら更に続ける。
「雪が積もることはそんなに嫌いじゃないんだけど」
「あたしは夏のほうが苦手だよ。まあ雪も面倒ではあるんだけど」
日登美は寒いのは平気だが雪かきの仕事は嫌いだった。雪国に生まれなければこんなことやらずに済むわけで、そう考えると不平等極まりないというのが彼女の持論だった。
「えー?雪合戦とか楽しいじゃん」
「子供かよ」
桜子の反論に突っ込んだ日登美。そして今度は石動乃絵の方を向いて尋ねた。
「乃絵は夏と冬どっちが好き?」
「冬。寒いのも雪も平気。どっちも好き」
石動乃絵は微笑みながらそう答える。友人二人も釣られるように笑みを返す。
「あんたってなんか冬の妖精って感じするもんね」
「そうそう。肌白いし」
そう言って桜子は乃絵の頬を人差し指で突っついた。
「やめてよー」
だがそういう乃絵も本気で嫌がっているようには見えない。以前の彼女ならこの手の友達同士のじゃれ合いには不快感を感じていただろう。石動乃絵も少しずつ変化をしているのである。
そんな時、道行く彼女たちを呼び止める声が聞こえた。
「ひーちゃん、ひーちゃん」
声の方に日登美たちが振り向くとそこには買い物袋を下げた中年女性の姿があった。
「あ、おばさん。久しぶりです」
どうやら彼女は日登美の親類らしい。
「この間尋ねたときにはひーちゃん留守だったもんね」
その後日登美と中年女性はしばらく世間話を続けた。所在のない桜子と乃絵。桜子も自分と無関係な会話に付き合うのは嫌いだったが、石動乃絵は桜子以上にそれが大嫌いだった。痺れを切らせた乃絵が先に帰ることを告げようと口を開く。
「わたし先に帰るね」
「あ、うんあたしも」
二人が帰るというのなら自分も一緒に行きたい。日登美はそう考えておばさんとの世間話を打ち切ろうとした。
「じゃ、じゃああたしもそろそろ…」
だがおばさんは日登美の制服の半袖の端を掴んだ。
「せっかくあったんだからここで言うけど…おばさんちょっとひーちゃんに頼みがあるのよ」
「なんでしょうか?」
日登美が向き直るとおばさんは真剣な表情を見せて声を細めた。
「ここだけの話なんだけど…」

日登美とおばさんの会話は少し気になったが、他人の家に関わることかもしれない。そう考えた桜子は乃絵と一緒に帰路を進めた。
「親戚も近くに住んでる人って多いよね。田舎だからかな」
「わたしは親戚とかいないけど」
「乃絵は孤独だな-。よしよし慰めてあげよう」
「別に寂しくないんだけど」
二人がそんな会話をしていると後ろから日登美の声が聞こえた。
「待ってよ~」
二人が振り向くと日登美が駆け足で近づいてくる。
「もう用事は終わったの?」
桜子の質問に日登美は首を横に降って答える。
「ううん、今から…ちょっと付き合ってくれないかな。良かったらでいいけど」
「内容次第だよ」
「そりゃそうか…実はね…」

日登美の話を要約すると、彼女のおばさんの家には春から親戚の女子大学生が通学のために居候をしていたという。だがこの9月から大学に通わずに引きこもりになってしまったという。より正確に言うのなら夏休みに入った頃から引きこもり状態を続けていたらしい。おばさん夫婦も夏休みの段階では何も言わなかったが、休みが終わって講義が始まった段階に入るとさすがに口を挟まずにはいられない。だがおばさん夫婦が何を言っても彼女は何も答えないという。そこで歳の近い日登美に説得を試みてほしいというのだ。
「なるほど。引きこもりですか」
桜子は腕組みをして考える。乃絵はそんな桜子を見て首をかしげた。
「引きこもりって何?」
桜子と日登美はため息をついた。
「あんたって成績いいわりに常識的なこと知らないよねえ」
「うんうん」
そんな二人の言い分に乃絵を口を尖らせる。
「学校で習わないことは知らなくてもしょうがないじゃない」
「まあまあ、別に責めてるわけじゃないよ」
日登美が乃絵を宥めていると今度は桜子が首をかしげた。
「でも、なんであたしたちまで?」
「うん。実はあたしも鷹美さんとはあんまり話ししたことないんだよね。親戚の集まりで何度か顔を会わせたことがあるくらいで」
「なるほど。応援要請か」
桜子も納得したらしい。だが乃絵はそれに口を挟んでくる。
「でも他人の家のことに首をつっこんでいいの?」
「うぐ…さっきの…」
「気にしないでよ。応援連れてってもいいって言われてるし、それにお小遣いももらっちゃったんだよね」
どうやら日登美は報酬を前払いでもらってしまっているらしい。
「なんかおごってくれる?」
「いーよいーよそんなに高いものじゃなければね」
どうやら報酬額はそれなりのものだったようで日登美も太っ腹だ。
「そんじゃ喫茶店でケーキセットあたりで」
「OK。乃絵はどうする?」
「付き合うわ」
そんなこんなで3人は日登美のおばさんの家に向かうこととなったのであった。

「ふぁああ」
戸屋鷹美が目を覚まして伸びをしたら時刻は4時過ぎだった。だが彼女は時計を見ようとしない。彼女の頬には枕代わりにしていたノートパソコンのキーボードの後がついている。そして液晶とキーボードが平面状になるまで開かれたノートPCのタッチパッドの部分にはよだれが付いていた。
「いつの間にか寝ちゃってたか」
彼女は布団の中にノートPCを持ち込んでネットサーフィンをして、そのまま寝落ちしていたのだ。
「トイレ行こう」
彼女が部屋のドアを開くとちょうどそこに一階の玄関の開く音が聞こえた。
「おじゃましま~す。親戚の日登美で~す」
「その友人たちです」
聞きなれない声に反応し、鷹美は慌てて部屋に戻って鍵を掛ける。
「日登美?親戚?そういえば年下の子にいたような…」
すると話し声と階段を昇る足音が聞こえてくる。鷹美は布団の中に潜り込んだ。
「なんで親戚の子が?」
小声でつぶやいた後で息を潜めているとやがてドアの向こう側から声が聞こえてくる。
「鷹美さーん、親戚の日登美でーす。ちょっと話をしましょう」
(こっちは話すことなんてないわよ!)
布団の中でひとりごちる鷹美。ドアノブをひねろうとする音が部屋の中に響く。
「鍵かかってるじゃん」
「大丈夫、鍵も預かってる」
日登美とやらは仲間を引き連れてどうやら鷹美の説得役をするつもりのようだ。やがて解錠音の後でドアが開かれて部屋の中に3人の異邦人が侵入してきた。
「勝手に入ってすみません。おばさんから話を聞くように言われてたんで…」
鷹美は布団から跳ね起きて日登美を睨みつけて叫んだ。
「もうほっといてよ!私はずっとここをねぐらにして生きていくんだから!」
そして再び鷹美は布団の中に潜り込む。
「何があったか教えて下さいよ」
「…無理して聞かないほうが…」
日登美の協力者にはどうやら多少は話がわかるものもいるようだ。
「でもずっと部屋をねぐらにこもりっきりって良くないよ」
するとそれまでずっと黙っていた乃絵が口を挟んできた。
「ここがねぐら?本当に?」
鷹美は乃絵の声に反応を返す。
「そうよ…ここは私のねぐらよ…」
布団をしばらく黙って見つめ続けた乃絵は立ち上がって部屋から出ていく。
「ちょ、乃絵?」
「ちょっとまってて…すぐ戻ってくるから」
乃絵はそういうと走って家の外に出ていってしまうのだった。

日登美は布団を突きながら鷹美に話しかける。
「いい加減教えてくださいよー。いじめですか?」
「大学でいじめってあるの?」
「いやよく知らない」
日登美と桜子はそんな会話を続けながらふと時計を見るとすでに四時45分近くになっていた。
「乃絵遅いな…」
「すぐに戻ってくるとか言ったのに」
そんな二人の会話に答えるように階段を駆け上がってくる足音が響いた。
「ごめん遅くなった」
「おそいよ…ん?」
息を切らせている乃絵を見て驚く二人。乃絵は白いニワトリを抱きしめていたのである。
「どうしたの?」
「それ学校のニワトリだよね。たしか名前は…」
「地べた」
乃絵はそう言うとニワトリを床に置き、ニワトリの正面に回り込んでしゃがんだ。
「お願い」
乃絵の声に反応するかのように地べたは鳴き声を上げて暴れ始めた。
「コケー!コッコッコ!」
「ちょ、乃絵何を」
暴れまわるニワトリに困惑する二人。やがて地べたは布団の上でも暴れまわる。
「や、やめてよ!」
そう叫んで起き上がる鷹美。乃絵はそんな彼女を見つめて微笑んだ。
「やっぱりここはねぐらじゃないって。地べたもそう言ってる」

乃絵が学校まで地べたを送り届ける間に鷹美と日登美、そして桜子は部屋の片付けをすることになった。片付けが終わったのは5時半ごろ。ちょうど乃絵も鷹美のところに戻ってきた。そんな乃絵に鷹美は文句を言おうと歩み寄る。
「あんたねえ…」
「明日から…あなたのねぐらを一緒に探してあげる。じゃあ…」
乃絵はそれだけ言うと鷹美の部屋を後にする。
残された三人はきょとんとするばかりだ。
「何なのあの子…」
「まあ変わってる子だよね」
「悪い子じゃないんだけどね」
そして鷹美は部屋の時計を見つめる。
(明日…私のねぐらを探す?どういうこと?)

翌日、乃絵と日登美、そして桜子は学校帰りに鷹美に所にやってきて、強引に彼女を外に連れ出した。
まず乃絵が鷹美を連れて行った先は噴水公園だった。公園についた乃絵は鷹美に尋ねる。
「ここはあなたのねぐら?」
鷹美は乃絵の言っている意味がわからず首を傾げる。
「え?違うんじゃないかな?」
「そう…じゃあ次」
その次はプール、その次は病院、スポーツ用品店、ファンシーショップ、ケーキ屋、ラーメン屋、バスターミナル、釣り堀などなど、乃絵は色んな場所に鷹美を引っ張っていく。
やがて乃絵たちは図書館にたどり着いた。
「ここはあなたのねぐら?」
もう何度も聞いたであろうそのセリフ。だが今回の鷹美には何かが違っていた。鷹美は何も答えずに図書館の中を見渡している。
「どうなの?」
乃絵の質問に鷹美は下を向いて答える。
「私…失恋したの…」
それまでほとんど口を閉ざしてきた鷹美が急に喋り出す。おどろく日登美と桜子。
「同じ大学の同じクラスの人で…告白したんだけど…ずっと本ばかり読んでる陰気な子は好きじゃないって…」
鷹美の目に涙が溢れ出す。
「でもしょうがないじゃない!私は本が大好きなんだもの!あの人も好きだったけど、おなじくらい本も好きなんだもの!」
そんな鷹美の独白を聞いた乃絵は微笑むのだった。
「つまりここがあなたのねぐらなのね」
「ねぐら…」
「ねぐらっていうのは鳥が羽根を休める場所、飛ぶのに疲れた鳥がまた飛べるように力を蓄える場所」
「力を蓄える場所…」
乃絵の言葉を反芻しつつ図書館を見渡す鷹美。やがて彼女は涙を拭って乃絵を見つめた。
「もし、ここが私のねぐらだというのなら…ここでずっと過ごせるようにしないと…それって私に司書になれってことなのかな?」
乃絵は鷹美の手をとって握りしめる。
「それはあなたが決めることよ」
鷹美は微笑みながら答える。
「私が司書になるためにはもっと勉強しないと…これ以上大学をサボるわけにはいかないわね」

「お待たせしました。本日のケーキセットでございます」
ウエイターがケーキと紅茶をテーブルに並べると桜子はツバを飲み込んだ。
「いやーただで食べるケーキは最高ですなあ」
「あんたなにもしてないけどね」
日登美のツッコミを無視しつつ桜子は尋ねる。
「で、結局鷹美さんはまた大学に通うようになったわけね」
「うん、失恋相手と顔を合わせるのは辛いけど、司書を目指す以上はちゃんと勉強しないとって」
「今回は乃絵のお手柄だよねえ」
「うん、やっぱ乃絵は一味ちがう子だよ」
そんな二人のやり取りを受けた乃絵はケーキをスプーンですくい取りながら答える。
「わたしは風にはなれないから…」
「どういうこと?」
「眞一郎は私が飛べるように、飛びやすいように風を起こしてくれた…でもわたしは風にはなれない…でも、だけども…」
乃絵がオープンテラスから空を見上げると、どこからか鳥が飛んできて喫茶店の近くの木の枝に止まった。
「それでも、そんなわたしでも他人のねぐらを探すことくらいはできるかもしれない…」
そんな乃絵を見つめる日登美と桜子。やがて二人は乃絵の左右の頬を突き始める。
「あんたは立派な風だよ」
「うんうん、すくなくとも鷹美さんにとってはね」
「やめてよー」
ひたすら頬を突く二人に乃絵は笑いながら抗議の声をあげるのだった。




###########

あとがき:

TV本編最終話に出てきた乃絵の友人キャラ、桜子と日登美はどっちがどっちかイマイチよくわからないのですが、とりあえずメガネの方を桜子としておきます。もしちがったら脳内で名前を入れ替えてください

本ブログでのtrue tears 二次創作小説では乃絵が主人公の外伝的作品も何本か脳内で考えているのですが、今回はそのうちの一本を
公開することにしました。のこりの乃絵メイン話である「つくりもののかち」と「Like A Rolling Thunder」については公開予定はありません。

今回のオリキャラ

戸屋鷹美(とやたかみ)
日登美の親戚。日登美の叔母の家に居候して大学に通う。

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2009-07-02(Thu)

二年次07月上旬:「七夕と誕生日と、そして…」

true tears 二次創作小説です。本編全話視聴終了済みの方のみご覧ください。



二年次07月上旬:「七夕と誕生日と、そして…」








二週間近く前だったろうか?眞一郎君の様子が少しおかしい事に気づいたのは。それが何故なのかはすぐにはわからなかったが、朋与たちの態度も少しおかしい事に感づいた私の脳はひとつの答えをはじき出した。これはサプライズだ。サプライズバースディパーティに違いないと。

そう、もうすぐ私の誕生日がやってくる。眞一郎君の誕生日が花見を兼ねたものにしてしまった朋与は私の誕生日でも何かしようとしているに違いない。でも何をするつもりだろう。七夕じゃ花見と違ってドンちゃん騒ぎにする要素も少ないだろうに。暫く頭を悩ませても答えは出てこない。まあ簡単にわかってしまったらサプライズじゃ無くなるわけで、そういう意味では答えなどわからないほうがいいのかもしれない。そんなこんなで時は過ぎ、ついには私の誕生日がやってきたのであった。

早朝、私は事前に仲上家に借りておいた脚立を引きずりながら竹林へ向かう。そして真上に竹の枝が沢山生えている場所を探し回った。そしていい感じの場所を見つけると脚立を開いてその上に乗る。そして大ばさみで竹の枝を切り落とす。すぐに脚立を降り竹の枝を検分してみる。うん、いい感じの枝だ。これなら部屋にも飾れそうだ。そして私は脚立を閉じるとアパートに向かう。手に入れた竹の枝を見つめつつ短冊に何を書こうか考えながら。そう、今日は七夕、7月7日。私の17歳の誕生日。

竹と笹は近縁種ではあるのだが、植物学的には異なる物だという。だが古来より厳密な区分は行われていないのが現実だ。ようするに細いものが笹、太いものが竹。その程度の区別がまかり通っているのだ。だがら七夕の飾り付けに笹でなく竹を使ったところで何も問題はないはず。そもそも中国では七夕は竹の節句だったというし。ようするに飾り付けやすい細いものを使うから笹を選ぶというだけなのだろう。そんな竹の節句、つまりは織姫と彦星の一年に一度の逢瀬、会えなくても互いを想い合う恋人たち、そんな日に生まれたと言うことに私は何か運命めいたものを感じるざるをえない。とはいえ私と眞一郎君は年に一度しか逢えないようなそんな関係ではないし、もしそうなってしまったら私はきっと耐えられないだろう。しょっちゅう同じ夜を過ごせる私たち。正直織姫と彦星には申し訳ないようにも思う。そんな幸せな恋人たちの願いを不幸な恋人たちに叶えて貰おうというのだから。そんな事を考えつつも私は竹の切り口に布を縛り付ける。布の中には重りとして小石が詰めてある。それをビニール紐で縛って固定して竹を倒れにくくしようと考えたのだ。もちろん竹は基本壁に立て掛けて置く。でも単に立てかけただけではすぐに倒れてしまう。だから重りをつけることにしたのだ。これならば一日くらいは倒れたりしないだろう。私は竹を壁に立て掛けて様子を見、大丈夫だと判断。そして短冊に願い事を書き始めた。


高岡キャプテンが部活の終わりを宣言したのは何時もよりも30分くらいも早い時刻だった。でも無理もないかも知れない。理由は不明だが部員の数が何時もより数人ほど少ないのだ。期末試験が近いせいだろうか?ともあれ、こんな状態ではまともな練習など出来そうにない。私は部活の早期切り上げの理由をそう予測していたのだが高岡キャプテンがその後に述べた理由は異なるものだった。キャプテン曰く、「私用がある」からだそうだ。まったく鬼の高岡キャプテンともあろうものが私用で部活時間を短くしてしまうとは。私はちょっとだけ憤慨を感じながら後片付けをして更衣室に向かった。

私が更衣室に入ると朋与たちは既に着替えを終えてしまっていた。いつもなら何かしら喋りながらの着替えになりが私が朋与を急かしたりする事が多いのだが、今日に限っては朋与のほうが圧倒的に早い。それに他の部員ももう着替えが終わっている。これもサプライズに関わる事なんだろうか?疑問を感じている私に朋与が着替えを急かそうとして来る。
「ほら!もうあとあんただけよ。早く着替えないと鍵かけられないんだから」
何時も自分が言われている言葉をそのまま私に投げかけてくる朋与。全く調子のいい親友だ。ともあれ私は取り急ぎ着替える事に徹する。施錠が終わらないとキャプテンが帰れない。私用で早く部活を切り上げた意味がなくなっては彼女も困るだろうから。

私が朋与と一緒に校門をくぐると一台のワンボックスカーが目に入ってくる。そして車の傍には美紀子と大学生くらいの男が話しているのが見えた。
「あ、こっちこっち!」
美紀子は私たちに気づくと手を振ってきた。私は美紀子に近づくと男を見つめて尋ねる。
「えっと…彼氏さん?」
「そう見える?」
「違う違う、兄貴よ。兄貴」
美紀子は男のふざけ気味な返答をすぐさま否定した。そういえば兄がいるという話は聞いたことがある。
「どうも、兄の美紀彦です」
「そんなことよりさ」
「あ、そうだね。じゃ行こうか」
朋与の意味深な忠告に同意を見せる美紀子。どこへ行こうというのか?わざわざ車で誕生日パーティに出かけるとでもいうのだろうか?私が疑問に思っていると朋与が後ろから何か顔にかけてきた。
「はーい。ごめんなさいねー」
「ちょ、朋与?」
どうやら朋与が私の顔にかけたのはアイマスクのようだ。何故目隠しを?朋与は全く理解できずに戸惑う私の背中を押してくる。どうやら車に乗せるつもりのようだ。これもサプライズの一環なのだろう。私は仕方なく朋与たちにおとなしく従うことにするのだった。


軽快に走っていく車の中、私は何か目的地などについて誰かがポロリと漏らさないかしっかりと聞き耳を立てていた。車に乗ってきたのは私と朋与と美紀子だけではない。どうやら後数人、バスケ部員が乗り込んだようだ。まあ彼女たちも私の誕生日を祝ってくれると言うわけだろう。そして車の運転は当然ながら美紀子のお兄さんが行っているようだ。そのお兄さんは色々と私の外見について感想を述べてくる。曰く、噂以上の美人さんだ。曰く、こんな娘を彼女にした奴が羨ましい。曰く、俺の彼女は体はすごいけど顔は別の意味ですごいんだ。などなど。そういえば美紀子は兄がエロエロだと時折ぼやいていたっけ。そんな感想を抱いているといつの間にか話題はお兄さんと彼女とののろけ話に変わっていった。どうやら目的地などについての情報は車の中では得られないようだ。朋与たちも一言も口をきかない。お喋りが好きな彼女がずっと押し黙っているのは大変なことのように思う。私は情報の入手を諦めると少しだけ眠る事にした。

「ほら、比呂美、ついたわよ」
朋与に肘をつつかれて目を覚ます。だが相変わらずアイマスクが掛けられている為周りの状況は全く理解できない。朋与は私の手を取ると車の外へと誘導してくる。この柔らかい地面は芝だろうか?いやむしろ雑草が生い茂っているといった感じのほうが正解に近い気もする。手を引かれつつ暫く歩いていると気のせいか少し周囲の明るさが変化したように思える。いぶかしむ私の背後に朋与の声が回り込んでいく。
「じゃ、後よろしく」
「オッケー」
そう答えたのはあさみだ。当然彼女も誕生日を祝ってくれるということだろう。するとあさみは私の両耳に手を回してきた。
「じゃ、とるよ」
あさみによってアイマスクが剥がされ久しぶりに視界を取り戻す私。私が周囲を見ると周りは衝立が取り囲んでいる。地面にはレジャーシートが引かれ風呂場に置くようなカゴが乗せてあった。
「じゃ、脱いで」
「へ?」
突然のあさみの言葉に困惑する私。あさみは私の背後を指差す。
「着替えるのよ」
私が振り返るとそこにはウエディングドレスがこれでもかと言わんばかりにその純白を輝かせていた。
「これって!」
私はドレスを指差しつつあさみを振り返る。
「うん、だから早く脱いでね」
あさみは特に感慨もなさそうに私の制服のボタンに手を掛けた。


「いや、あれから半年。まさかこれほどの成長を遂げているとは」
着替えを手伝うあさみが私の胸について感想を述べてくる。確かにすでに私の胸は愛ちゃんに追いついている。いやひょっとしたらもう追い越しているかもしれない。流石にスポーツブラの上にドレスは無理だろうと思っていた私だったが、そこはそれ、朋与たちにもぬかりはないようだ。ちゃんと私のブラジャーが用意してあった。きっと眞一郎君がこっそり持ち出したのだろう。合い鍵を持っている彼なら幾らでも持ち出すチャンスはあるのだから。
「胸きつくない?」
背後でドレスのボタンをつけながらあさみが尋ねてくる。
「うん、ちょっときつめだけど。大丈夫」
「貸衣装だからあんまりサイズがないのよね」
しかし花嫁衣裳とは。いわゆるコスプレというやつだろうか?まあ悪い気はしないので文句は言わないでおこう。
「よし完成。似合ってるよ」
私の頭にベールをかぶせるとあさみは手鏡を渡してきた。私は手鏡を受け取ると自分の顔を覗き込んでみる。するとそこには確かに純白に染まった花嫁の姿があった。
「実際、比呂美は何着ても似合うよね」
ある種の感動を覚える私にちょっとだけ水を差してくるあさみの言葉。まあほめ言葉なんだし、文句は言わずに済ませたい。
「それじゃ、皆に見せびらかそう」
そう言うとあさみは私の手を引いて衝立で作られたゾーンから外へと誘導する。
「ちょ、そんなに引っ張らないで…」
文句を言う私の声に気づいたのだろう。私が外に出ると何人か制服を着た生徒たちがこちらを振り向いた。
「おお」
「綺麗…」
「素敵…」
口々に褒め立てられるとコスプレも悪いものじゃないなと思えてくる。すると一人だけ違う制服が近づいてきた。
「比呂美ちゃん、素敵よ」
違う制服の主は愛ちゃんだった。よく見ると背後には野伏君の姿もある。
「ありがとう。でもなんでコスプレ?」
「聞いてないの?」
愛ちゃんはそう言うと奥のほうを指差した。示された方向を見るとそこにはタキシード姿の眞一郎君の姿があった。
「眞一郎君も?」
私の言葉に気がついた眞一郎君は私のほうを向いて恥ずかしげな笑みを見せた。コスプレがそんなに恥ずかしいのだろうか?確かに今ひとつ似合って無いけど。眞一郎君には和服のほうが似合うのだし。だがそんな私の横道にそれた思考をその背景が打ち破る。
「な!?」
そう、眞一郎君の背後に見えたもの。それは白い教会だった。私は思わず眞一郎君の方、すなわち教会の方向へ駆け寄る。
「教会…」
それは確かに教会だった。それほど大きくはない、はっきり言えば小さな教会だったが、それでもそこはまごう事なき教会だったのだ。私は隣の眞一郎君に尋ねてみる。
「これって…」
すると背後から聞きなれた声質が変な形で搾り出された。
「あなたーはかーみーをしんじまーすか?」
私が振り返ると案の定、声の主は朋与だった。だが朋与もまた制服姿ではない。なんと彼女は神父さんの格好をしていたのだ。
「…似合ってない…」
「いや、手厳しいわ」
そう言って自分の頭を小突く朋与。
「でもこの役は私しか出来ないと思うわよ」
私の批判に朋与は反論を見せた。
「役?」
「そ、神父さん役。この結婚式ごっこのね」
そう言うと朋与は私にウインクをしてみせるのだった。


「あんた、ウエディングドレス着てみたいとか言ってたでしょ?」
先ほど聞いた朋与の声が脳裏に響く。
「仲上家は神前式で白無垢と文金高島田だから、ウエディングドレスは着る機会なんてないって」
私は朋与の言葉をかみ締めながら真っ赤な絨毯の上を歩く。
「だから、仲上君と相談して決めたの。この結婚式ごっこを誕生日プレゼントにしようってね」
拍手が鳴り響く中、私は隣を歩く眞一郎君を見つめる。
「今年じゃなくてもいいかとも思ったけど、来年だと旦那が18歳になってるでしょ?“ごっこ”にならなくなるしね」
やっぱり朋与は最高の親友だ。私は親友への感謝を覚えながら眞一郎君の腕を掴む力を強めた。バージンロードの両側に野伏君と愛ちゃんの姿が見える。打ち合わせ通りにブーケを渡し手袋を脱いで預ける。眞一郎君も手袋を野伏君に渡したようだ。そしてまた歩き出した私たちが神父役の前までたどり着くとCDラジカセから流れていた結婚行進曲が止まり、朋与が作り声で語り始める。
「汝、仲上眞一郎は、湯浅比呂美を妻とし、健やかなるときも病めるときも、富めるときも貧しきときも、死が二人を分かつまで、愛し合うと誓いますか?」
「ち、誓います」
眞一郎君は笑いを必死に堪えながら答える。そして朋与は今度は私に向かって質問を掛けてくる。
「汝、湯浅比呂美は、仲上眞一郎を夫とし、健やかなるときも病めるときも、富めるときも貧しきときも、死が二人を分かつまで、愛し合うと誓いますか?」
「誓います」
私が静かに返答すると心なしか朋与の表情が一瞬微笑んだように見えた。
「では指輪の交換を」
朋与がそう言うと眞一郎君はポケットから指輪のケースを取り出した。見慣れたそれは結婚指輪のケースではない。つまりは婚約指輪のケースだ。眞一郎君はケースから指輪を取り出す。当然ながら中身も婚約指輪だ。いつの間に持ってきたのだろう。ていうか眞一郎君に指輪の隠し場所って教えてたっけ?そんなことを考えていると眞一郎君は私の左手を優しく掴んできた。そしてゆっくりと薬指に指輪をはめる。こういうとき何かいうのではなかっただろうか?でもどうせ指輪の交換と言いつつも私から眞一郎君にはめる指輪はないわけだから、細かいことは考えないほうがいいのだろう。
「それでは誓いの口付けを」
眞一郎君は私の目前まで歩み寄るとベールを両手で開き、私の手を握ってきた。眞一郎君の瞳の中に私の顔が映る。そして黙って目を閉じ顔を近づけていく。触れ合う唇。ひと時の間の後、どちらかともなく唇を離す私たち。恍惚の満ちる中で目を開けると眞一郎君の恥ずかしそうな表情が見える。正直言って今更舌を入れないような軽いキスでここまで気分が高揚するとは思わなかった。これも結婚式ごっこの賜物だろうか?
「ただ今、お二人の結婚ごっこが成立いたしました」
朋与の宣言とともに私たちは出口を見つめゆっくりと歩き出す。拍手が鳴り響く中、私たちは赤い絨毯を逆に辿って教会の外、光の中へと足を踏み出した。


「眞一郎君、そろそろ止まらないと」
私が注意しないと眞一郎君はずっと歩いてしまいそうだ。この後、参列者に向かってブーケトスをしなければならないのに。
「そうだな」
そして私たちが後ろを振り向くと参列者たちも教会の外に出てきていた。よくよく見ると参列者の仲には部活を休んだ筈の者もいる。おそらくは交通手段の確保の問題で早めに来なければならなかったのだろう。そして中から出てくる人が一段落したのを確認すると私はブーケを高く放り投げた。綺麗な放物線を描いたブーケはとある人物の手の中に綺麗に落ちる。
「あれ?」
ブーケを受け取ったのは丁稚君だった。丁稚君と言うのは仲上酒造で働く坊主頭の子のことで、本名は別にあるのだが実を言うと覚えていない。なので私は心の中で丁稚君と読んでいるのだ。
「どうしましょう?」
丁稚君は隣にいるおばさん…眞一郎君のお母さんに尋ねる。気がつかなかったがおばさんも参列していたようだ。
「高く放り上げなさい」
おばさんがそうアドバイスすると丁稚君は言われたとおりにブーケを投げ上げた。ノーコンなのだろうか。ブーケは少し離れたほうへと流れてしまう。だが、そこにちょうど一人の女性が立っていた。その女性は片手で落ちる途中のブーケを横から掴み取った。華麗にブーケを受け取った女性…それは高岡キャプテンだった。彼女もまた参列者の一人だったのだ。少し離れた位置にいるのは相変わらず仲上にこだわりがあるからなのだろう。高岡キャプテンはブーケを掴んだ手を掲げると私に向かって微笑んだ。私は眞一郎君と見詰め合うと互いに笑みを見せ合うのだった。


「おめでとう…と言っていいのよね。本番じゃなくても」
眞一郎君のお母さんは私に歩み寄ると声を掛けてきた。
「すみません。こんな仲上家の結婚式を否定するような真似…」
「いいのよ。真似事なんだから…それより素敵だったわ。綺麗だしね」
おばさんのお世辞はなんだかこそばゆいと思う私。
「花嫁は誰だって綺麗ですよ…おばさんの時もきっと…」
私はお世辞に対して謙遜とお世辞返しを試みた。
「私たち、結婚式挙げてないのよね」
「え?」
私は意外なおばさんの返答に戸惑ってしまう。
「比呂美ーっ、そろそろ着替えないと帰り遅くなっちゃうよー」
「え?うん。そうね」
あさみの呼びかけに私が反応しているとおばさんは車の方へ歩いていく。
「じゃ、そろそろ戻らないと。夕飯を用意する時間がなかったら家に食べに来なさい」
「あ、はい」
私がおばさんの助言に同意する間に彼女はは外車の左側のドアを開いて乗り込む。助手席には既に丁稚君が座っているようだ。車のエンジン音が鳴り始め、やがて車は走り去っていく。
「ちょっと比呂美。早く着替えてよ」
私が去っていく車をじっと見つめているとあさみがまた呼びかけてくる。
「うん、わかってる」
私はそう答えつつもただおばさんがさっていった方向をじっと見つめ続けるのだった。


教会の場所は思いの外遠く、家まで送り届けてもらった時にはすでに夜8時過ぎになっていた。仕方ないのでおばさんの忠告どおりに仲上家に夕食をご馳走になりにいく。私が尋ねた時はちょうどおじさんとおばさんの夕食時だったらしい。必然的に一緒に取る事になる。眞一郎君は私が来るちょっと前に食べ終わったらしい。だが彼は私が夕食を食べている間、隣に座って結婚式場にした教会について話をしてくれた。

眞一郎君が言うにはあの教会はすでに所有者も無く廃墟も同じらしい。そして秋にはあの辺りにゴルフ場を作るために取り壊されると言うのだ。つまりは来年だとあの教会はもう存在せず、今回の結婚式ごっこの実現もかなり困難なものになっていた筈だと。自分たちは本当にラッキーだったと。私は眞一郎君の話を聞き自分の幸運をひしひしと感じていた。そしてふとおばさんの横顔を横目で見つめる。私の脳裏におばさんの結婚式をしていないという言葉がよぎる。疑問を抱かずにはいられない私だが、立ち入った話になるかもしれない。身内になる予定とはいえ、まだ他人の私が尋ねてもいいことなのだろうか?迷った挙句、取り合えず今は聞かずに機会を待ったほうがよいとの結論を出す。そして私は筑前煮をかみ締めながらテーブルの上のブリの照り焼きをじっと見つめるのだった。


「ちょっと上がっていって」
私の言葉に頷く眞一郎君。仲上家での夕食後、私は眞一郎君にアパートまで送ってもらうことになった。所謂送り狼っぽい状況だなと思う。でも羊のほうから肉を与えようとする場合でも送り狼と言うのだろうか?
そんな事を考えつつ部屋に入る私。続けて入ってきた眞一郎君が壁に立て掛けてある竹の枝を見つける。
「七夕の笹か」
「ブーッ、それは竹です。竹林の竹です」
私は眞一郎君のアンサーに駄目だしをした。
「なるほど、で、お前はどんな願い事を…」
「それより眞一郎君も書いてよ」
私は彼に向かって短冊とマジックを差し出した。
「え、うーん。何をお願いしようかなあ」
そういって暫く天井を見つめていた眞一郎君だが、何かに気づくとマジックを取り一気に書き上げる。
「見せて」
私は眞一郎君から短冊を受け取るとその内容を読み上げる。
「比呂美がいつも笑顔でいられますように…」
実に眞一郎君らしい願い事だ。喜びを隠せない私が彼を見つめると眞一郎君は恥ずかしげに頬を掻いていた。
「じゃ、つけるね」
私は眞一郎君の短冊を竹の枝に括り付ける。すると眞一郎君が私の背後から歩み寄ってきた。
「比呂美はどんな願いをしたんだ?」
私は竹の枝につけた赤い短冊を指差す。そこに書いてある言葉を眞一郎君はゆっくりと読み上げた。
「眞一郎君とずっと一緒に暮らし、一緒に歳をとって、一緒のお墓に入れますように…」
眞一郎君は私の願い事を読み上げた後、私を見つめて苦笑いを見せてくる。
「別にわざわざ願い事にしなくても…それくらい実現出来るだろ」
私は窓ガラスから夜空を見上げると眞一郎君の意見に反論した。
「先のことなんてわからないわよ…お父さんお母さんが死ぬなんて私も予想して無かったんだし…」
眞一郎君は苦笑いをやめると真剣な面持ちを見せる。
「ごめん、悪かった。お前の言うとおり、先のことはわからないよな」
「わかってくれればいいのよ。それにこの願いは織姫と彦星だけじゃなく眞一郎君へのお願いでもあるのよ」
私の言葉を受けた眞一郎君は私の肩に手を回し夜空を見ながら答えてくる。
「約束するよ。すっと一緒だ」
「うん、後でこの枝、川まで流しに行かないとね」
眞一郎君は私の肩を握る力を強めながら呟いた。
「ああ、後でな」
そして私も眞一郎君に頭を預けながら答える。
「うん、後でね」
そう、今日は私の17回目の誕生日。そしてまだ、夜は長い。




###########

あとがき:

EDはリフレクティアでお願いします。とはいってもリフレクティアってtrue tears本編とは結果的には何も関係ない曲なんですけどね(爆弾発言)そんで、このSSとも関係なし。

今回は比呂美の誕生日話です。比呂美の誕生日には七夕こそふさわしいと思っている人は結構いますけど、実際これほど比呂美の誕生日に相応しい日はないでしょう。もしオフィシャルが誕生日を決めているとしたら7月7日しかありえないと思えるくらいです。

七夕=竹の節句、竹・たけのこの日、ポニーテールの日、ゆかたの日。星座でいえば蟹座で、もっとも女性的で愛憎深く敵味方をはっきりわける星座といわれています。7月誕生石のルビーや誕生花の赤スグリには赤い実を連想せざるをえませんし。

ようやく今回眞一郎の母の初登場となりました。別に避けてたわけじゃなく単に比呂美と眞一郎の母の関係は本編で完結しているため特に書くべきドラマも見出せないというだけの話です。

あと今回の結婚式ごっこは正式な手順を幾つか省いてあります。ごっこなんだから正確じゃなくてもいいと思うし。

2009-06-17(Wed)

二年次06月中旬:「雨上がりの日」

true tears 二次創作小説です。本編全話視聴終了済みの方のみご覧ください。



二年次06月中旬:「雨上がりの日」








その日の4時間目は化学だった。早めに化学室にと向かう比呂美と朋与はその途中、廊下の曲がり角でよく見知っている顔に出くわした。
「あれ?旦那じゃん」
朋与はジャージ姿の眞一郎を見つめる。どうやら体育が終わった直後らしい。眞一郎は目を泳がせながら小さく挨拶をする。
「あ、うん、こんちわ」
すると比呂美は目を閉じながら朋与を急かした。
「早く行きましょ」
「え?」
戸惑う朋与を置いていくかのように一人でずんずん先に進んでいく比呂美。そして眞一郎とのすれ違いざま、ぷいと顔を背ける。眞一郎はそんな比呂美を見ると視線を尖らせた。
「ちょ、比呂美、どうしたのよ」
朋与は早足で歩く比呂美をあたふたと追いかけていく。去っていく比呂美たちの後姿をじっと見つめていた眞一郎はやがて小さなため息をつくのだった。


「アダルトDVD?」
朋与の声は思いの外大きく学食の中に響き渡る。比呂美は口の前に人差し指を立て小声での会話を要求する。朋与は食事を中断して隣にいる比呂美の耳元でささやく様に先ほどの言葉を繰り返した。
「…アダルトDVD?旦那が見てたわけ?」
比呂美は定食メニューに盛り込まれたデザートを箸でつつきながら答える。
「そう、眞一郎君の部屋にあったのよ」
昨日、日曜日に比呂美は眞一郎の母親から仲上酒造の帳簿整理の手伝いを頼まれ仲上家を訪れた。そして一仕事終わったついでに眞一郎と少し話をしていこうと彼女が部屋を訪ねると、眞一郎の姿は部屋の中には無かった。暫く待つことにして彼女は部屋の中を見渡した時だ。机の上に異常な物を発見したのは。普段の眞一郎の部屋には存在しないはずのもの…アダルトDVDを彼女は見つけたのだ。比呂美の驚愕はやがて憤怒へと変わっていった。そしてそんなタイミングの悪い時にちょうど眞一郎が戻ってくる。比呂美は眞一郎に反論する暇を与えず一方的にまくし立てた後、憤慨しつつ仲上家を去っていったのだった。そんな昨日の出来事を思い返す比呂美は己の中の怒りがさらに増していくのを実感する。そして朋与はそんな比呂美を半目で見つめながら反論を試みる。
「でも男の子なら見てても当然じゃないの?」
比呂美はデザートの中のパイナップルとマンゴーに箸を突き立てた。
「何言ってるの!彼女がいる身なのよ!」
大声で怒鳴った比呂美に向かい朋与は口の前に人差し指を立てる。比呂美は我に返って咳払いをすると静かに口を開いた。
「とにかく、私たちは比較的自由に、その…出来るんだから、そんなもの必要ないはずでしょ。それに仕方なく一人でする場合だって、恋人のことを考えながらするのが普通じゃない」
朋与は肩をすくめつつ中立を示す。
「私にはわかりませんわ。彼氏いないし」
「とにかく、これは完全な裏切り行為よ。許せないわ!」
比呂美は左拳を握り締めながら宙を睨み付けた。


その日は朝から曇っていていつ雨になってもおかしくは無い天気だった。でも実際に雨が降り始めたのは比呂美が部活を終えて下校を始める直前だった。当然ながら用意してあった傘を差し家路に向かう比呂美。そんな下校時のことだった…その小学生たちを再び目撃したのは。以前見かけたことのあるいかにも仲がよさそうな小学生の男の子と女の子の二人組み。だが今日は何故か喧嘩をしているようだった。
「もう!しんじられないよ!」
「だから!話聞けよ!オタンコナス!」
「なによ!このスットコドッコイ!」
互いの悪口を言い合うのに合わせ黒い傘とピンクの傘がぶつかりあっている。仲裁をすべきだろうか?一瞬考えた比呂美だったが他人の事にとやかく首を突っ込むべきではないだろう。とりあえずその場は通り過ぎる事にする。
(本当に止めなくてもいいの?)
比呂美の中で迷いの言葉がリフレインしつづける。そんな比呂美が横を通り過ぎても子供たちは喧嘩を続けている。そんな彼らの姿を見ていると比呂美の中にとある過去が蘇って来た。
(そういえば、私と眞一郎君も一度大喧嘩した事があったっけ?)
あれはたしか小学校3年生くらいだったろうか?ちょうど今喧嘩をしている子達と同じくらいの年齢だったと比呂美は思い返す。
(あれ?そういえば…喧嘩の原因って…)
比呂美は自分自身、喧嘩をしたことを覚えていてもその発端を覚えていないことに気がついた。いったい何が原因だったのだろう。幾ら考えても思い出せない。思い出せないということはきっとたいした理由もなかったのだろうと考え、比呂美はそこで追憶を打ち切る事にした。


二日続きの雨が降り続く中、比呂美たちはいつもどおり体育館でバスケ部の練習をはじめる。準備運動の最中、比呂美は体育館を眺め回してため息をつく。
「どう、し、たの?」
準備運動をしつつ体の動きのリズムに合わせて質問してくる朋与。比呂美はあごでため息の理由を指し示す。
「なるほど」
朋与が比呂美の示した方向を見つめると十名ほどの男子生徒がさっと目をそらす。中には腕を後ろに隠す子もいる。恐らくは携帯のカメラを使う気だったのだろう。
「人気者ですなあ」
朋与のおちゃらけた発言に比呂美は口を尖らせて反論する。
「笑い事じゃないわよ」
「でも仕方ない気もするわよ。それじゃあね」
朋与はそういうと比呂美の胸元を指し示す。比呂美はその自分の胸を見つめるとさらなるため息をついた。確かに比呂美の胸は恋人が出来てから急成長を続けている。着やせするたちなので目立ちづらいものの、気づいている人も少数とはいえ以前から存在したようだ。だがその人数は衣替えとともに多くなってしまった。そして噂を聞きつけた男子が一目見ようとチャンスをうかがっているのが現状だ。比呂美の胸を見るためにわざわざこの第3体育館だけ見学しにくるのだ。そしてその人数は雨で運動系の部活の多くが中止になった場合には着実に増えていると比呂美は判断している。大きさのわかりづらいスポーツブラでこれなら普通のブラジャーを着けていたらどうなっていただろう。そんな事を考えつつ比呂美は自分の胸を見つめる。
(眞一郎君は挟むと喜んでくれるけど…大きいのも考え物よね)
比呂美がそんなジレンマの中をさ迷っていると朋与が高岡キャプテンに向かって声を上げた。
「キャプテン!こんな下衆な観衆がいたら練習に響きます!」
高岡キャプテンは男子生徒を見つめ回して暫く考えた後、口を開いた。
「そうね、一度学校側にかけあって見ましょう」
「やりい!」
朋与は自ら発した見学規制案に好感触を感じ取ると指を打ち鳴らす。
「よかったね。にしても全く…男って奴はしょうがないね…」
「本当、男の子ってしょうがないわよね」
朋与の意見に賛同する比呂美。だがその脳裏には見学する男子生徒ではなく眞一郎とアダルトDVDの影がよぎっていたのだった。


またしても比呂美は下校途中で小学生の子達に遭遇してしまう。例の喧嘩をしている男の子と女の子だ。雨の中、わざわざ道端で喧嘩しなくてもなどと考えながら比呂美は小学生の横を通り過ぎようと進んでいく。小学生たちとの距離が縮んでくると比呂美にも何を口論しているのかはっきりと聞き取ることが出来た。
「最低よ!スカートめくりなんて!」
どうやら女の子は男の子にスカートを捲られたらしい。そういえば自分と眞一郎との子供時代の喧嘩の原因もスカート捲りだったような気がする。比呂美は忘れていた過去を思い出した。
「男らしくないわよ!」
「だからさ!男にはやらねばならないときがあるんだよ!ショードーが抑えられない時がさ!」
今ひとつ男の子の反論は要領を得ないものだったが、衝動が抑えされない時という言葉が比呂美の脳にちょっとだけ引っかかった。
「女にはわかんないんだよ!」
比呂美はそれなりの性体験と性知識を身につけていると自負していたが、それでもひょっとしたらまだ男の子の生理と言うものを正しく理解していないのかもしれない。だから恋人がいる男がAVを見るというのも女には理解できなくても同じ男なら理解できるのかもしれない。それまで出来なかったそんな考え方が比呂美の中に初めて生まれてきた。
「わかんないよ!なんで他の女の子の…あかゆきちゃんの馬鹿!!」
そう言うと女の子は雨の中を走り去っていく。
「おい、ひろり!待てよ!」
男の子もまた女の子を追いかけていく。そしてその場に比呂美だけが取り残された。
(ひょっとしてヤキモチ?)
どうやら女の子はスカートめくりの対象が自分で無かったことに腹を立てていたようだ。
「そうよね、私のもヤキモチだわ」
比呂美は雨雲を見上げて呟く。でもこのヤキモチは恋人なら当然だと思う。もし男の子の生理上、AVを見る衝動が抑えられなくて当然だと仮定しても、この思いはわかって貰わないと。そう考えた比呂美はポケットから携帯電話を取り出すと喧嘩相手のメールアドレスを呼び出した。


「ごめんなさい」
開口一番、比呂美が発した言葉。眞一郎は玄関のドアを閉じるのも忘れて目の前で頭を下げる比呂美を見つめる。
「ようやくわかっ…」
一瞬顔をほころばせる眞一郎だったが、比呂美はその喜びの言葉をさえぎってきた。
「でも、わかってほしいの。たとえ、男の人の生理がAVを必要としてるとしても…女にとってそれは受け入れにくいってことを!」
頭を上げつつ眞一郎に懇願する比呂美。眞一郎は繭をしかめて頭を掻きむしった。
「ああ、もうわかってないじゃないか!!」
そんな眞一郎を見て比呂美は首をかしげる。
「どうゆうこと?」
「考えればすぐわかるだろ。俺の部屋、DVDプレイヤーなんか無いってこと」
眞一郎は玄関を閉じつつ比呂美に説明をする。言われてみれば仲上家にはDVDプレイヤーは居間にある一台きりだと思い当たる比呂美。
「え?じゃあなんで?」
「だからさ、あれは三代吉の忘れ物なんだって」
眞一郎の説明に呆然となる比呂美。
「な、なんでそう言ってくれなかったの?」
「お前が人の話全く聞こうとしないからだろ!」
眞一郎は呆れたような視線を比呂美に見せてくる。比呂美は申し訳なさそうな顔で再度頭を下げた。
「…ごめんなさい…」
眞一郎は比呂美に背を向けつつ玄関に腰を下ろすと靴を脱ぎ始めた。
「全く、もう少し人の話聞くようにしてくれよ…」
比呂美は眞一郎の背後で腰を下ろし正座する。
「ごめんなさい…」
靴を脱ぎ終わった眞一郎は玄関に上がって立ち上がると比呂美に向かって手を伸ばした。
「ま、過ぎたことはもういいよ。今度から気をつけてくれれば」
比呂美は眞一郎の手を掴むと彼に引っ張られるようにして立ち上がった。
「うん、気をつけるね」
「一応言っとくけど、俺はお前以外の女をオカズにするような真似はしないぞ。約束する」
「うん、ありがとう」
眞一郎の一穴宣言に比呂美の顔がほころんでいく。そんな比呂美を見つめながら眞一郎は昔のことを思い出していた。
「そういえば、子供の時も似たようなことあったよな」
「そうだっけ?」
「ああ、小学校でスカートめくりが流行っていた時にさ…」


いつになったらこの雨はやむのだろう。そんな事を思いながら部活に打ち込んでいた比呂美だったが、終わってみると外の雨は小降りになっていた。この調子ならもうじきやむだろうなと感じながら彼女は傘をさして自分の部屋への帰り道を辿っていく。そしてその帰り道の途中で彼女は二度あることは三度あるという言葉を思い出さずにはいられなくなった。そう、またもや例の小学生とニアミスしたのだ。
「ごめんなさい」
「いや、俺のほうこそ悪かったよ」
どうやらこの二人も仲直りしたようだ。
「あそこでめくらないと友達から仲間はずれになりそうだったんだよ」
「そうだったんだ」
男の子の弁解を初めてちゃんと聞いた女の子。どうやらそれなりの納得は得たようだ。そんな彼らを横目で眺めつつその横を通り過ぎた比呂美は自分と眞一郎の小学生時代の喧嘩を思い出した。結局眞一郎のスカートめくりは落し物を拾おうとしたときにランドセルの縦笛が比呂美のスカートに引っかかっただけだったという。それを比呂美は眞一郎の弁明も聞かずに意図的なスカートめくりだと判断してしまったのだ。男子の間でスカートめくりが流行っているというだけで。
(結局、何も進歩して無いんだな)
比呂美は己の愚かさに深いため息をつかざるを得ない。眞一郎は比呂美を傷つけるような真似はよっぽどのことがない限りはしない。そんな簡単な事にも思い至らなかった比呂美は自分を恥ずかしく思った。でも進歩が無いことが自覚出来ただけでもほんのちょっとは前進した事になる。ほんのちょっとだけでも前に進み続けられればやがては大きな進歩になる筈だ。そう信じた比呂美が空を見上げると、いつの間にか雨は止み雲の切れ間から太陽の端っこがそのまぶしい顔を覗かせていた。そして比呂美は傘を閉じると大きく深呼吸をした。
「よし!」
そして彼女は前に向かって歩き始めた。




###########

あとがき:

今回の話って多分、今までの話で一番つまんないよね。まあ6月の話はこれ一本だから、あんまり欠番にはしたくないけどさ。修学旅行を6月の話にすればよかったなあ。

なんか今まで出しそびれていた“第3体育館”ですが、体育館で女子バスケ部以外が練習していないという事実を踏まえると体育館が3つ存在するという仮定が生まれてきます。第1=男女バレー部、第2=男子バスケ部という割り振りのつもりです。本編中の交流戦の男子の試合も第2体育館(第3と見た目は同じ)で行われていたという脳内設定。流石にバレー部が存在しない学校はほぼ皆無だと思いますし。

なんだかんだでこの二次創作連作もペースは遅いものの着実に進んでますよね。まあ文章は相変わらずのダメっぷりだけど。それでも言い回しが思いつかなくても誤魔化す方法はすぐに出てくるようにはなりました。いい言い回し自体が思いつかないのは相変わらずですが。

2009-05-30(Sat)

二年次05月中旬:「修学旅行の一幕」(後編)

true tears 二次創作小説です。本編全話視聴終了済みの方のみご覧ください。



二年次05月中旬:「修学旅行の一幕」(後編)
           この話は前編からのつづきになります。こちらからどうぞ。







(8)待ち人来たる

担当者の到着が余りに遅いため、待ちくたびれた眞一郎と比呂美はいつしか今日の企業研修について話をしていた。比呂美がビール工場の様子と感想を述べると眞一郎もまた印刷会社について語り始めた。酒蔵を手伝う可能性がないわけではないという理由からビール工場を選んだ比呂美だったが、眞一郎は絵本作家を目指すものとして印刷工場の見学を望んだのだった。それなりに真剣に研修に臨んだ比呂美だったが、やはり自分の夢に直結している眞一郎のほうが真剣さは上だったようだ。瞳を輝かせながら印刷工場について語る眞一郎を見ると比呂美まで嬉しくなってくる。そして一通り話し終え一段落した所で比呂美は一度お手洗いに向かうことにした。

お手洗いの場所を先ほどの中年の男性に尋ねてすぐさま向かう比呂美。個室に入り用を済ませながら先ほどの眞一郎の瞳の輝きを思い出す。
(やっぱり眞一郎君は…)
するとカツカツカツカツとヒールの素早く響く音が近づいてくる。そう思うと同時に隣の個室のドアが開かれ、そして勢い良く閉じた。
(随分慌ててるわね)
そう考えつつ比呂美は水を流し個室を後にする。そして比呂美がハンカチを咥えながら手を洗い鏡を見ていると個室から信じられない声が聞こえてきた。
「ふふふ、男子高校生…またとないチャンスだわ…しかも多分童貞…これは絶対逃せないわね」
愕然とした比呂美は思わず咥えていたハンカチを落としてしまう。
「ふふふふふ、トイレを済ませたらちゃんとお化粧も直さないとね」
手を洗うのも忘れ閉じている個室を見つめる比呂美。そして彼女は暫く何かを考え込むのだった。

鈍いと言われる事の多い眞一郎もお手洗いから戻ってきた比呂美の様子が少しおかしいことには気づいていた。だが理由を聞いてもいいものだろうか?もし便秘だとかだったなら聞かない方が礼儀な訳だし。そう考えると尋ねる事には躊躇を覚えてしまう。そんな時、突然女性の声が社内に響き渡る。
「ただいま戻りました!」
そして中年の男の声。
「うむ、で先生の原稿は?」
「ここに」
担当が戻って来たのだろうか?いや、まだそうと決まったわけじゃない。そんなことを考えつつ眞一郎が比呂美の顔を見ると何か気に障ることがあったのだろうか繭をひそめていた。何かあったのだろうかと疑問を覚える眞一郎。するとまた女性の声が聞こえてくる。
「で、彼は来てますか?」
「ああ、会議室のなかだよ」
中年の声に首をかしげる比呂美。会議室ってこの仕切りの中の事なのだろうか?でもここは部屋とは呼べそうにないなどと考えてしまう。その間にカツカツとヒールの響く音が聞こえ女性が仕切り板を越え眞一郎たちの前に顔を見せた。
「はじめまして、私が音島響子です」
慌てて立ち上がる眞一郎。担当編集…になるかも知れない女性は20代後半から30代頭くらいに比呂美には思えた。割と美人な部類にはいるだろう。眞一郎を見て嬉しそうな表情を浮かべている。少し急いで戻ってきたのだろうか?頬が赤く蒸気している。
「は、はじめまして。仲上眞一郎です。よろしくお願いします」
緊張する眞一郎をつまらなそうに見つめていた比呂美もまた立ち上がると音島に向かって頭を下げた。
「はじめまして、湯浅比呂美です」
首を傾げる音島。それもそのはず、彼女は眞一郎が一人で来るものと思っていたのだ。
「えーと、どちらさま?あ、ひょっとして共同作品だったわけ?」
「いえ、単なる付き添いです」
座りなおしながらそう答える比呂美。眞一郎もまたパイプ椅子に腰を下ろした。
音島は眞一郎たちの対面に座ろうとパイプ椅子を引きずりながら比呂美を見つめ尋ねた。
「あ、同じ創作仲間ってことかな?」
「いえ、恋人です」
「へ?」
一瞬あっけにとられた音島はパイプ椅子を引きすぎていた事に気がつかないまま座ろうとしてそのままスッテンと転んでしまう。
「あいたたた」
「大丈夫ですか」
心配そうに音島を覗き込む眞一郎。
「だ、大丈夫…」
音島はそういってパイプ椅子に掴まりながら立ち上がろうとする。
「さらに正確に言うなら、婚約者ですね」
比呂美が冷たい目で音島を見ながらつぶやくと同時に音島が支えにしていたパイプ椅子が崩れた。
「きゃあ!」
またもや転倒する音島。それだけガタがきていたと言う事だろうか?パイプ椅子の接合部がもげてしまったのだ。
「ちょ、大丈夫ですか?」
慌てて立ち上がる眞一郎。音島に向かって手を差し伸べる。だが音島は一度比呂美を見つめると首を横に振った。
「一人で立てるわ。大丈夫ですから」
立ち上がった音島は壊れたパイプ椅子を壁に立てかけると隣のパイプ椅子を中央に寄せて座る。それを見て安心した眞一郎もまた自分の席に戻った。
「へ、へえ、婚約者なんだ…でも子供の頃ってそういう口約束したりすることってあるわよね」
眞一郎には心なしか音島の表情が青くなっているように思えた。すると比呂美が制服のポケットに手を突っ込むと指輪を取り出した。
「そういえば、忘れてた。折角二人でいるんだからこれつけないと」
薬指に指輪をはめる比呂美。
「そ、それって」
顔面蒼白な音島が尋ねると比呂美は笑顔を見せて答える。
「ええ、婚約指輪です」
うっとりと指輪を見つめる比呂美。続けて追い討ちをかける。
「そういえば、音島さんは独身ですか?」
「え、ええ…」
躊躇いつつも返答する音島を見ようともせず比呂美は小さなつぶやきを聞かせる。
「その年齢で?」
机に顔を突っ伏しながら拳を握り締める音島。比呂美の口元に黒い笑みが宿る。
「ちょ、ちょっとお手洗いいいかしら」
音島はそう言い残すと腰をさすりながら会議室を後にした。


(9)夢を追う者

「はあ」
手洗い場で鏡を見つめてため息をつく音島。
「せっかくのチャンスだったのに…」
もうすぐ大台に乗ろうとする彼女は実は年下好きで、その趣味が災いしたのか未だ男性経験がなかったのだ。気持ちばかりあせるものの年下のいたいけな少年と知り合う機会も中々恵まれない。数少ないこの機会を失えばもう大台の処女は確定的と言えた。
「あの子達、当然やりまくってるのよねえ」
音島の脳裏に先ほどの比呂美の姿が浮かぶ。圧倒的な美貌と攻撃性。子供ながらに末恐ろしい少女だ。
「仲上君もなんかすごい子に引っかかっちゃったみたいね」
そういうと音島は鏡の中の自分を真剣な顔で見つめ頬を叩いて気合を入れる。
「よし、公私混同はここまで、これからはビジネスでいくわよ!」

その頃、会議室に残された眞一郎は比呂美をじっと見つめていた。
「なに?」
眞一郎のいつもとは異なる視線に気づいた比呂美はそう尋ねてくる。
「あの言い方は流石にちょっと問題があるよ」
眞一郎の意見に比呂美は真剣な面持ちを見せる。
「眞一郎君、だまされちゃ駄目よ。あの女、眞一郎君を狙ってるんだから」
「音島さんが?まさかぁ」
比呂美の言葉を一笑に蹴ってしまう眞一郎。
「本当よ、さっきお手洗いで聞いちゃったんだもの」
比呂美の反論を聞くと流石に眞一郎もそれを笑い飛ばすことはできなかった。
「ついて来て正解だったわ。担当が女性だって聞いていやな予感がしてたのよね」
どうやら比呂美が眞一郎に同行してきたのは女性編集に対しての牽制が目的らしい。それを聞いた眞一郎は納得と呆れが混じった複雑な気分を味わっていた。
「全くお前ってやつは…」
そう言いながらも眞一郎の比呂美を見つめる瞳は温かい。
「お前が嫉妬深い女だってのはちゃんとわかってるし、そこも魅力的だと思うよ。でもわかってほしいんだ。今回の持込には俺の夢の実現がかかっているんだってことを」
眞一郎の反論は比呂美には予想外のことだった。呆然としつつも比呂美は眞一郎の話を聞き続けた。
「もし音島さんが俺にそういう気があったとしても俺がしっかりしていれば何も問題ない筈。絵本作家デビューのチャンスを担当者に対する選り好みで潰したくはないんだ」
眞一郎の意見ももっともだと比呂美は感じた。まずはデビューすることが最初の壁で、とりあえずこの壁をどうにかして乗り越えないと先には進めないのだ。
「ごめんなさい」
肩を落として素直に謝る比呂美。眞一郎は比呂美の頭をなでる。
「わかってくれればいいよ」
比呂美は眞一郎を潤んだ瞳で見つめる。眞一郎もまた比呂美を見つめてその頬を撫でた。
「コホン」
ひどくわざとらしい咳払い。いつの間にか音島が戻ってきていたのだ。慌てて手を引っ込める眞一郎。
「あ、あの…さっきはごめんなさい…」
うつむき加減の比呂美は恐る恐る上目遣いで音島に謝罪の言葉を述べる。音島はため息をつきながら比呂美を見つめた。
「まあ、彼氏に別の女が近づくのが嫌だっていう気持ちは理解できない訳でもないわよ」
そうは言うものの実は彼女は彼氏いない歴と年齢がイコールになる。だが黙っていればわからないだろうと音島は考えたのだ。
「じゃ、早速見せてもらおうかしら。絵本」
「え?」
音島が続けた言葉は比呂美の想像外のものだった。てっきり眞一郎が手に入らないというならすぐに見捨てるものとばかり思っていたのだ。
「それって…」
驚きの表情を見せる比呂美を優しく見つめる音島。
「あら、私はこれでもプロよ。見込みのない相手を一々呼び出したりはしないわ。まああわよくば公私混同しようとも思ってはいたけれどね」
「それって…つまり…」
「ええ?彼の本を出すことは出来るだけ前向きに検討するつもりよ」
音島の言葉に比呂美の顔が一気に明るみを増す。
「じゃ、見てください」
比呂美と音島が話をしている間に眞一郎はカバンからスケッチブックを取り出し音島へと差し出した。音島は無言でうなづくと食い入るように眞一郎の絵本を読み始めた。


(10)タイムリミットオーバー

よくもまあひとつの絵本だけでこんなにも話が出来るものだ。そう比呂美は感じていた。ここの絵は子供はこう受け止めるだの、やれこの言葉遣いでは子供には伝わりにくいだの、やれこの終わり方は誰々の影響が見えすぎるだの…そんなこんなで眞一郎と音島の話し合いは延々と続いていた。しかも絵本の良し悪しなど判断がつかない比呂美には話に割り込むことも出来ない。ただ真剣な面持ちで瞳を輝かせる眞一郎はやはり素敵だとは思う。眞一郎は夢を追っていてこそ眞一郎なのだと。つくづく先ほどの自分の浅慮を思い知らされる比呂美。もう少しで彼の夢を壊してしまうところだったのだ。そんなことを比呂美が考えつつふと時計を見るとすでに5時近くになろうとしていた。辻褄合わせの為の班への合流は5時半にホテルの傍の喫茶店で行うことになっている。もうそろそろここを出ないと間に合わないだろう。比呂美は真剣に話し合う二人の間に恐る恐る割り込んだ。
「あの…眞一郎君?そろそろ」
比呂美が目で時計を指し示すと眞一郎は比呂美の意図を受け取る。
「ああ、そうか、もうそんな時間なんだ」
「でもまだこの辺の話が…」
スケッチブックを捲りながら指差す音島。
「うん、まだ話し合わなきゃいけないことがあるんだ。お前だけでも戻ったほうがいいぞ」
眞一郎の言葉に目を丸くする比呂美。今更共犯者を見捨てるようなまねが出来るはずもないだろうに。
「…一緒に戻るわ」
そういうと比呂美は携帯を取り出してメールを打ち始める。
「一応夕飯10分前までは待ってもらうけど、それまでに私たちが現れなかったらいつの間にか居なくなっていたことにしておいてって連絡しておいたわ」
それを聞いた眞一郎は比呂美に自分の班への分もお願いしてきた。
「三代吉にもメール出しといてくれないか?」
「うん、わかった」
比呂美は先ほどの朋与へのメールをコピーしてほぼそのまま三代吉へのメールとして送信した。
「じゃあ、一旦携帯切るわよ。眞一郎君も切っておかないと先生から電話くるかもよ」
「おお、そうか」
比呂美はこういう細かい所によく気づくなと感心しつつ眞一郎も携帯を取り出してその電源を切った。

眞一郎と音島の会話は更に続き、一段落した頃にはもう7時過ぎになっていた。
「じゃあ、一度この線で社長に掛け合ってみるから」
「はい、お願いします」
どうやら後は社長がGOサインが出すだけで眞一郎の絵本は出版が確定するらしい。これは期待出来るだろう。正直比呂美は眞一郎の絵本作家への夢が叶うときが来るとしてもそれはもっと先のことだとばかり思っていた。高校生の段階でデビュー出来るなどとは夢にも思わなかったのだ。とはいえまだ100%決まったわけでもない。油断は禁物だと比呂美は感じていた。
「まあ、私の首を賭けてでも社長の首を縦に振らせて見せるわ」
音島の言葉は二人にとって心強いものだった。これならばかなり期待で切るだろうと思わせてくれる。
「社長さんは今居ないんですか?」
比呂美の質問は当然のものだろう。眞一郎もまた出来れば今日中に結論を聞いておきたかったのだ。
「予定では4時半から印刷会社の人と会うことになってるみたいだったけど」
音島はそういうと会議室を抜けボードを指差した。
「やっぱり居ないわね。でも私が留守のときにあってるでしょ?」
「え?」
続けて会議室を抜け出た比呂美は驚きを隠せない。あの柔らかい表情が逆に胡散臭いと思ってしまった人が社長だったのだ。そんな比呂美をきょとんと見つめる眞一郎。彼は特に社長を胡散臭いとは思わなかったようだ。
「社長も直帰みたいだし、じゃ今日はこの辺でお開きってことで」
「どうも…」
眞一郎が音島に別れの挨拶を切り出そうとすると比呂美が荷物をあさり始めた。
「待って眞一郎君」
「うん?」
比呂美は荷物の中から菓子折りを取り出すと音島に差し出した。
「ぎんなん餅です。よかったらどうぞ」
「あら、地元の名産品?ありがとう」
笑顔で菓子折りを受け取る音島。本当に比呂美は細かい所に気が届くなと眞一郎は思う。菓子折りなどの必要性を眞一郎は考えもつかなかった。比呂美を連れて来て正解だったかもしれない。そう眞一郎は考え直すのだった。


(11)帰り道

「思ったよりおいしかったわね」
「そうだな」
神保町のファミレスを後した眞一郎と比呂美はのんびりと駅に向かう。出版社を出た直後、今からホテルに戻っても夕飯があるかどうかわからないと考えた比呂美は宿に戻る前に夕食を済ませておこうと提案したのだ。
夜の町を制服姿で歩く二人。地元とは違う夜の風景がことさら旅の実感を増幅してくる。
「東京の本屋ってもっと遅くまでやってるものだと思ってたけど」
本屋は古本屋ふくめて二人がファミレスに入るよりも前に閉店になっていた。だがオフィスビルなどはそこかしこに明かりが沢山見える。
「なんかここは特殊な場所らしいぞ」
眞一郎が浅識を披露する。ここは東京でも特別なのだと。
「東京か…2年後にはここで暮らしてるのよね。私たち」
比呂美は星が全く見えない夜空を見上げながら呟いた。
「ああ」
眞一郎もまた夜空を見上げて答える。そう、二人は卒業後にすぐに結婚式を挙げた後上京する予定になっているのだ。婚約指輪を渡した後で二人で話し合った結果、そうするのが一番よいという結論になったのだ。眞一郎の夢の実現と保持の為には富山の片田舎よりも東京に出て来るべきで、眞一郎は夢に向かって全力で進むべき。そして比呂美は不安定な眞一郎の収入を補う為に東京でOLとして働く。それが二人が出した答えだった。そしてそれは眞一郎のデビューが予想よりも早かったとしても変わることはない。
「想像できないよね。東京での暮らしって」
「そうだな」
ここは麦端とは何もかも違う街だ。仕事も遊びも、ともすると恋愛だって違うかもしれない。もしこの街で生まれ育っていたら私たちは結ばれていたのだろうか?そんな疑問が比呂美の中に芽生える。眞一郎はそんな比呂美の視線に気づくと暖かな目で尋ねる。
「ん、どうした?」
「ううん、なんでも」
そう返しつつ比呂美は眞一郎と腕を絡めてくる。
「ごめんね。今日…」
比呂美はうつむき加減でそう呟いた。
「別にいいよ、音島さんも気にしてないみたいだったし」
前を向いたまま答える眞一郎。だが比呂美は首を横に振った。
「ううん、それだけじゃないの…私、企業研修にビール工場を選んだ…」
「ん、別に何か問題あるのか?」
「大有りだわ」
立ち止まる比呂美。眞一郎もまた足を止めて比呂美を見つめる。
「私、眞一郎君を信じてなかった…だからビール工場とか仲上酒造を継ぐ場合のこと考えてた!私はもっと眞一郎君の、眞一郎君の夢を信じなきゃいけなかったの!」
「比呂美…」
「夢を追いかけてこそ眞一郎君だもの…」
顔を上げて眞一郎を見上げる比呂美。その瞳には涙がうっすら滲んでいた。眞一郎は比呂美の頬を撫でる。
「ありがとう、でも夢が破れたときの事も考えるっていうのも十分大切なことだと思うぞ。だから気にするな。それもまた正しい選択なんだ」
「うん、わかった」
そういうと比呂美は涙を拭って微笑を見せた。眞一郎もまたそんな比呂美を見ると自然に笑みがこぼれてくる。
「そろそろ戻らないとな」
「うん」
そう言うと二人はまた駅へと進み始めるのだった。


(12)エピローグ

ホテルへ帰った二人は案の定、教師達からみっちり絞られることになった。だが教師達が二人に何処に行っていたか尋ねても比呂美は“眞一郎の用事に付き合っただけ、デートではない”と返すのみ。眞一郎もまたそんな比呂美を見て黙秘を決め込んだと言う。その後、教師たちの話し合いの結果、3日目の遊園地での二人の行動は所属班と離れそれぞれの担任と共に過ごすことになった。要するに担任の生徒たちへの監視に付き合わせることで遊園地で遊ぶ事を禁止したわけだ。朋与に言わせれば行き過ぎたペナルティと言う事になるが比呂美は致し方のない罰だと感じていた。そして比呂美は遊園地で遊ぶ同級生たちを見つめてこう感じたと言う。
「東京は遊園地に似ている。楽しく刺激的で夢を見れる場所。でもそれゆえに非現実的な場所」
だがエネルギーの、力のある者は、この夢の見れる場所で夢を掴んで非現実的なリアルを手にするのだろう。そして願わくば眞一郎もまたその一人であって欲しいと比呂美は切に願うのだった。




###########

あとがき:

短くさっと終わる話だとばかり思っていたが書いてみたら結構長いんでやんの。トロトロ書いてたからだろうか?

修学旅行シーズン。俺は5月6月というイメージを持っていたが実際には9月10月辺りが多いらしい。後、企業研修とか昔はそんなのなかったよねえ。いつごろから出来たんでしょうか?あと黒ねずみ遊園地とかも結構多いパターンらしい。ちなみに一応修学旅行の日程は組んであるものの全く使うことは無かった。ついでだから以下日程を簡単に説明。

初日:行きは高岡までクラス別貸し切りバス、2台単位で30分時間を空けて3回に分けて出発。そこからJR特急はくたかで2クラス単位で越後湯沢へ、その間に用意した弁当を食べる。短すぎる乗り継ぎを無視して一本遅らせ上越新幹線で東京へ。東京駅からはまたクラス別貸し切りバスで両国のホテルへ。部屋割りは2,3名単位(基本同じ班どうし)チェックイン後、クラス単位で徒歩で江戸東京博物館へ。その後ホテルで夕食
二日目:ホテルで朝食後班単位(5名が基本)で企業研修と自由時間。行動予定は旅行前に担任に提出しておく必要がある。企業研修は旅行後にレポート提出あり。午前中に企業研修を済ませておくのが殆ど。当然夕食までにはホテルに戻らなければならない。
三日目:朝食後、貸し切りバスで黒ネズミ遊園地へ、園内でも行動は班単位。ホテルに戻った後夕食。
四日目:朝食後、貸し切りバスで松本城周辺へ。班単位での昼食と観光の後にバスで学校へ向かう。

厄介なのは行きと帰りの昼食ですね。中々に難しい。帰りの松本城もある意味苦し紛れでこの辺で大量の人員が昼食取れるかは不明。

神保町ですがもうずっと行ってないので現状はどうなってるのか知りません。さらに言えば夜に行ったことは全くないですし。コミック高岡は今もコミケ合わせで休みになってるんでしょうか?

2009-05-30(Sat)

二年次05月中旬:「修学旅行の一幕」(前編)

true tears 二次創作小説です。本編全話視聴終了済みの方のみご覧ください。



二年次05月中旬:「修学旅行の一幕」(前編)








(1)プロローグその1

二人で夕食を食べた後で一緒にテレビを見ていた時だ。突然比呂美が立ち上がって大声で叫んだのは。
「これよ!!!」
「何が?」
デザートに用意されたアイスクリームをスプーンで口に放り込みながら眞一郎は尋ねた。
「だからこのテレビよ!」
テレビ画面はトレンディドラマらしきものを映している。殆どドラマを見ない眞一郎は話の筋が判らず、適当に流し見ていただけ。眞一郎には比呂美の言いたい事がよく判らず首を傾げるばかりだ。
「だから!ラブホテルよ!」
言われてみれば画面ではカップルらしき二人組みがラブホテルに入ろうとしている所だった。
「で、ラブホテルがどうしたって?」
「わかんないかな?私たちってラブホテル行く機会ってないじゃない?」
「そう言われれば」
比呂美の言うとおり、二人はその気になればいつでもここ、比呂美の部屋にて逢瀬を楽しめる。故にわざわざ金のかかるラブホテルを使う必要などないのだ。
「このままじゃ、私たち一生ラブホテル使わずに終わっちゃうわよ」
「別にそれでも構わないかと…」
またアイスをつつき始める眞一郎を見て比呂美は口を尖らせる。
「…ラブホテル…行ってみたい…」
眞一郎はそんな比呂美を見て頭を掻いた。
「…判ったよ。で、いつ行くんだ?この辺にはないだろ?電車かバス乗らないと…」
「何言ってるの?」
明るい顔を見せた比呂美は立ち上がって箪笥の上から小さな冊子を取り上げた。
「修学旅行があるじゃない!!」


(2)プロローグその2

「悪い。遅れた」
そういって店に入った三代吉を愛子の責めるような視線が突き刺した。
「別にいいけどね」
「いや、眞一郎とさ、今度の修学旅行について話してたらさ…」
「いいよね、修学旅行あって」
愛子の冷たい視線を感じつつエプロンをして厨房側に入る三代吉。
「そ、そういや、愛ちゃん学校はなかったんだっけ?」
「富山じゃ、ないのが当たり前だよ…」
愛子の言うとおり、ここ富山県では修学旅行のある高校は少数派である。公立の普通科だと皆無だとか。愛子の通う古城高校もまた公立普通科高校で修学旅行など存在しないのだ。
「で、どこ行くって?」
今川焼きの面倒を見ながらの愛子の呟きに三代吉は笑顔で返す。
「東京。お土産はどんなのがいい?」
「東京か…行ったことないな。いいよね。修学旅行とかあってさ」
またもや同じところに戻る愛子。そんな彼女の態度に三代吉はどうしたものかと思案する。そしてふと浮かんだ答えを思い切って口に出してみる。
「そうだな。うん、いつか行こう。二人で…」
とたんに真っ赤になって三代吉を見つめる愛子。そしてすぐに三代吉を睨み始めた。
「な、何いってんの!ばっかみたい!」
「も、もちろん今すぐじゃないよ。いつかだよ。いつか」
愛子は上を見上げながら三代吉の反論の言葉を反芻してみた。
「いつか…か。そうだね。いつか…いつか行きたいね」
三代吉はそんな愛子の横顔を見つめながら呟く。
「愛ちゃん…」
「うん?」
「焦げてるよ…」
三代吉の指差すほうを見ると確かに今川焼きが焼けすぎで煙を出していた。
「ちょ、早く言ってよ!」
慌てて今川焼きを取り出す愛子。三代吉はそんな彼女に笑いを堪える事が出来ない。
「笑わなくてもいいでしょ!!」
「ごめんごめん」
頬を膨らます愛子をやさしく見守り続ける三代吉。暫く愛子を見つめていた彼が躊躇いながらも思い切って口を開こうとした矢先、店内に客が入ってきた。
「こんちわ」
「あ、いらっしゃい」
「いつもの」
常連客の対応をする愛子を見つめながら三代吉はため息をつきながら呟いた。
「あせってもしょうがないんだよな」
「何ぼうっとしてんの、次焼いてよ」
「お、おう」
愛子にせかされ三代吉は仕事に戻る。愛子に渡すお土産はかなり奮発する必要がありそうだなどと考えながら。


(3)プロローグその3


「で、ようするに自由時間をこっそり抜けてデートするって訳ね?」
朋与はやきそばパンの包装を破きながら尋ねた。
「…デートじゃないわよ」
比呂美は口を尖らせながら箸でミートボールをつついて転がした。二人は今、昼食時をグランドの前の階段で過ごしていた。暖かな日差しが気持ちのいい午後。だがその割には比呂美の食はあまり進んでいなかった。
「違うの?」
「本当はデートしたかったんだけどね。眞一郎君が用事があるっていうから」
比呂美はミートボールをグーで握った箸で串刺しにすると一度に口に入れ、そのまま箸を噛み締める。
「で、その用事についてくってこと?」
朋与の問いかけに箸を噛んだまま頷きを返す比呂美。朋与はそんな彼女を横目で見ながらやきそばパンにかじり付いた。
「まあ、用事が早く終わればそのままデートするつもりだけどね」
空を見上げながら呟く比呂美。そして朋与はため息をついた。
「全く彼氏持ちは贅沢でいけませんなあ」
「贅沢?」
きょとんとした顔を見せる比呂美に朋与は肩をすくめる。
「だってそうでしょ?彼氏と一緒に修学旅行に行けるってだけでラッキーでしょ?この辺じゃ修学旅行自体少ないんだから」
朋与の言うとおりかもしれない。そう考えた比呂美は少し前向きに考えてみることにする。
「そうよね。一緒にいられる時間が作れるだけでも幸せ…そう考えるべきなのかも」
「そうよ…ま、口裏合わせは班の皆に頼んどくから。安心して」
そういって朋与は胸を叩くとまたやきそばパンに噛り付いた。
「うん、お願い」
そう答えた比呂美もまた弁当に箸を戻す。
(そうよね。一緒にいられるだけでも幸せなのよね…)
一緒に旅行に行けるだけでも幸せなのだと自分に言い聞かせる比呂美は弁当の中から赤いウインナーをつまんで口に放り込むのだった。


(4)班別行動からの離脱

修学旅行の2日目は班別行動だ。班毎に分かれて企業研修と自由行動を丸一日かけて行う。当然ながら行動予定は事前に担任に提出しておく必要がある。そして企業研修に対しては旅行終了後にレポートを提出しなければならず、流石にこっそり抜けるわけにもいかない。だが大抵の班がそうしているように比呂美と朋与の属する班もまた企業研修を午前中に済ませる計画になっている。つまりは午後からなら班別行動から抜け出すことも可能になるのだ。もちろん帰りは一緒になるようにしなければらならいのだが。
「ふわーあ」
朋与が欠伸をしながら目を擦ろうとする。
「朋与、手にケチャップついてるわよ」
比呂美の忠告を受け朋与が自身の右手を見ると確かにケチャップがついていた。
「本当だ」
朋与は紙ナプキンで手を拭う。ようするにハンバーガーから漏れ出たんだなと考えながら。そう比呂美たちの班はハンバーガーショップで昼食を食べていたのだ。
「朋与、企業研修の時も半分寝ぼけてたでしょ」
「あは、ばれてたか」
照れ笑いで誤魔化そうとする朋与。でも彼女が寝不足なのも仕方がないだろう。枕投げや恋愛話など夜更かしする要素が多すぎたのだ。もちろん深夜は教師たちが定期的に見回りをしているわけなのだが、あろうことか見回りの予定表が事前に生徒たちの間に出回ってしまっていて、それを見れば何時ごろ大人しくしていればいいかハッキリしたのだ。結果昨晩よく眠れた生徒は殆どいなかったらしい。更に言えば朋与は出発前も興奮でよく眠れなかったそうだ。寝ぼけていても仕方ないとは言えるだろう。そしてそんな朋与を見ていると比呂美は少し心配になってきた。
「レポート、大丈夫なの?」
「なあにいざとなればね。比呂美さんに写させてもらうだけよ」
比呂美は眉をひそめる。
「人に頼る気?」
「いや、持ちつ持たれつでしょ」
ウインクで返す朋与に比呂美はため息をつく。
「わかったわよ…」
「あの、私たちも後で比呂美のレポート、参考にしたいんだけど」
「うん、お願いしたいな」
同じ班の管田と朝草もまた朋与と同じ事を言い始めてきた。思わず頭を抱えたくなる比呂美。
「あのねえ…」
「いや、でも比呂美は言いだしっぺで、しかもかなり真剣に見聞きしてたでしょ?」
そういったのは美紀子だ。確かに企業研修先をビール工場にしようと言い出したのは比呂美だった。選んだ理由をしいていうならば日本酒製造業の身内だからと言えよう。眞一郎自身は後を継ぐつもりはないとはいえ先の事はわからない。比呂美もまた仲上酒造の運営と深くかかわる時が来るかもしれない。そんな未来の可能性を考えて何か得るものがあるかも知れないとビール工場の見学を望んだのだった。特に当てがあるわけでもない朋与たちは比呂美の意見にすぐに同意してきた。つまりは目的を持って企業研修を行ったのは比呂美だけなのだ。当然レポートもしっかりしたものになるだろう。他の人間が当てにしてしまっても仕方がないと美紀子は思うのだ。
「ま、持ちつ持たれつってことで、私にも見せてね」
結局口裏あわせを頼む以上はこれ位は仕方ないのかもしれない。結局レポートを美紀子を含め班全員に見せる事になってしまった比呂美は諦めの表情を見せる。
「わかったわ。私の部屋は狭いから朋与の家で、旅行直後の代休に」
「うむ、話せる親友を持って私は嬉しいよ」
笑いながら比呂美の肩を叩く朋与。比呂美はそんな朋与を見てため息を漏らしつつも僅かな微笑を見せた。そんな折、比呂美の携帯電話が鳴り響く。
「あ、眞一郎君からだ」
比呂美はテーブルの片隅から携帯を取り上げる。
「もしもし?うん、今ハンバーガー食べてる。うん、分かってる。1時30分に駅でね」
比呂美が通話を切ると朋与が尋ねてくる。
「旦那?」
「うん。じゃ私そろそろ行くから」
少しばかりポテトとドリンクが残ってはいたが、待ち合わせの駅はここからだと結構遠い。比呂美はそろそろ出発することにする。
「道はわかるの?」
「そうよね。比呂美ってばすごい方向音痴だし」
心配を見せる美紀子に同調する朋与。比呂美は口を尖らせて反論する。
「悪かったわね。でも地図もちゃんと用意してるし、携帯もGPS付に変えたもの。大丈夫よ」
そう、比呂美は持ち前の方向音痴で修学旅行を台無しにしないようにと携帯電話を新調し、ついでに有料の道案内サービスにも加入しておいたのだ。これならば道に迷ったりすることもないだろうと。
「じゃ、旦那によろしくね」
「うん、じゃ後よろしく」
そう言い残すと比呂美はハンバーガーショップを後にする。比呂美の姿が見えなくなるのを確認すると残された者たちは一斉にため息をついた。
「彼氏欲しいよね…」
「まったく」


(5)待ち合わせ

時計の分針はすでに真下を通り越して40分を指そうとしている。眞一郎は地下鉄の改札傍の通路にもたれ掛かってスケッチブックをパラパラと捲っていた。地下鉄のホームからアナウンスが聞こえてくる。どうやらまた電車が到着したようだ。本当に東京は電車の本数が多いなと考える眞一郎。富山の片田舎とは全然違う場所なのだとつくづく思う。麦端では3階建て以上の建物ですらほんの僅しか存在しない。だがここ東京ではむしろ3階建てなどの低い建物のほうが少ないように思える。
(まあ、住宅街とか見てないからそう感じるのかもな)
眞一郎が心の中で独りごちていると改札から人々の群れが流れ出してくる。眞一郎が本当に東京は人が多いな等と感じていると聞きなれた声が耳に届いた。
「眞一郎君!」
眞一郎が顔を上げるとそこには駆け寄ってくる恋人の姿があった。
「ごめん遅れちゃった」
「いや、10分ぐらいだし」
「乗り換えのとき、なんかしつこく声を掛けてくる男の人がいて、うんざりして来たからとりあえずホームに来た電車に飛び乗ったの。そしたら反対方向の電車らしくて…」
両手を合わせて頭を下げる比呂美。彼女は誰もが美人だと認める存在だが田舎育ちの為にナンパの類には慣れていない。遅れても仕方がないことだと眞一郎は思った。道に迷わないようにと入念に下準備を行っていても予想外のイレギュラーは起こるものだ。
「まあ約束は2時からだし、大丈夫間に合うよ」
「うん、ごめんね」
眞一郎のフォローにもう一度謝ると比呂美は眞一郎の腕を取って引っ張る。
「じゃ、行こうか」
「おいおい、ちょっと待てよ」
眞一郎は急いでスケッチブックをバッグに仕舞うと比呂美とともに歩き出した。

「なんか本屋が多いところよね」
地下鉄出口から地上に上がり暫く歩いていると比呂美が町並みの感想を漏らした。
「ああ、ここはそういう町だからな」
そう、ここ神田神保町はいわゆる古書店街であり、さらに言えば多数の出版社が集まっている場所でもある。つまり眞一郎は出版社に絵本を見てもらいに来たのだ。だが厳密に言うと持ち込みと言うわけでもない。出版社から眞一郎の絵本が出版に耐えうるものかどうかじっくり顔を合わせて話し合って判断したいと言われたのだ。さすがに東京まで絵本を見せるためだけに出てくるのは金銭面など抵抗があるが、修学旅行のついでなら問題はない。このチャンスを逃すわけにはいかないと眞一郎は考えたのだ。ただこの個人的な用事に比呂美も付き合うと言い出したのは予想外だった。比呂美は普段から絵本の良し悪しは良くわからないと自分でもはっきりと公言している。そんな彼女がなぜ今回付き合う気になったのだろうか?眞一郎には良くわからない。まあデート代わりのつもりなのかも知れない。とりあえずそう考えることにして眞一郎は比呂美の同行を認めたのだった。
「えっとこの辺かな」
地図を見ながら信号を渡りきった眞一郎はビルの名前をメモと見比べる。
「お、ここだここだ」
眞一郎は気を引き締めるとビルのドアを開き足を踏み入れるのだった。


(6)20分前の出来事

「ちょっといいかな」
書類整理をしていた音島響子は社長から声をかけられその手を止める。
「なんでしょうか?」
「悪いんだが、しか先生の所に行って原稿を貰ってきてくれないか?」
「しかさとこ先生ですか?」
だが音島は件の先生の担当ではない。音島は当然の疑問を口にする。
「確か若居が担当していたはずでは?」
社長は若手社員の生意気な顔を思い出し眉を顰めつつ音島の疑問に答える。
「若居の奴は出先で風邪が悪化したから早退するそうだ。全く使えんよ」
そう言われて音島は朝方若居が咳き込んでいるのを見かけた事を思い出した。
「もうすぐ持ち込みの子がやってくる予定なんですが」
壁掛け時計をチラリと見ながら音島は切り替えす。
「例の高校生か。別に急ぐこともないだろ。待たせておけ。しか先生の方が優先だ」
社長の言うことはもっともだと音島は考える。このたちまち出版は児童書…幼児向け絵本と小学生向け小説のみを取り扱う。社員も現在4人しかいない零細企業である。もちろんそういう所はここだけではないのだが、ここ十年近く特にヒット作も出ず、有望な新人も現れていないのが現状だ。昔はここももっと賑やかだったのにと思い返す音島。彼女がここに就職したのは8年ほど前で、その時はまだ看板作家のしかさとこ先生が育児休業に入って間もない頃であり社員も今の3倍いたのだ。しか先生は10数年前にヒット作を連発した作家で、今もごく一部に根強いファンを持っている。だが休業から復帰した後はたいしたヒットも飛ばせていない。ごく一部のファンしか買わない作家になってしまったのだ。とはいえ一定の売り上げが保障された作家でもあり、もしかするとまたヒット作を描いてくれるかもしれない。零細企業にとっては重要な作家である。使い物になるかどうかわからない素人よりも遥かに優先度は高いのだ。
「わかりました。急いで原稿を貰ってきますので、持込の子は待たせて置いてください」
「うむ。頼んだよ」
社長の言葉にうなづいた音島は書類整理を後回にして大き目のカバンを肩に背負うと急いで事務所を飛び出していくのであった。


(7)姿なき担当者

せまっ苦しいエレベーターで目的の階まで上がる。そして目的の出版社名が書かれているドアを探す。
「お、ここだ」
目的地を見つけた眞一郎はそのドアを慎重に開く。
「すいません」
「何かな」
眞一郎と比呂美が中に入ると小太りの柔和そうな中年が姿を現した。
「持ち込みの約束をした仲上ですけど、音島さんは…」
「ああ、君が例の…じゃあこちらに…」
男の案内で部屋の片隅にやってくる眞一郎たち。そこは4人がけのテーブルとパイプ椅子が仕切り板で周りから直視できないようにしてあるだけの領域だった。もちろん会話などは完全に筒抜けになるだろう。
「音島はちょっと今出ていてね。しばらくしたら戻ってくるから。じゃお茶を用意しよう」
そういうと男はすぐ傍の流し台に向かう。
「思ったよりも質素な所ね」
比呂美は言葉を選びながら感想を述べる。眞一郎も辺りを見渡しつつ同意する。
「ああ、そうだね」
「とにかく座りましょう」
「ああ」
眞一郎と比呂美はパイプ椅子に座る。微妙にがたがきているパイプ椅子だなと少し故意に揺らしながら感じる比呂美。もし話がまとまったとしてこんな出版社から絵本を出しても良いのだろうかと言う疑念が浮かんでくる。
「お茶でも飲んでいてくれ」
また男が柔和そうな顔を出してきた。
「あ、すみません」
「どうも」
そう答える二人だったが比呂美には男の柔和そうな顔がかえって胡散臭く感じてしまう。本当に大丈夫なのだろうかと不安になってくる。お茶を飲みながら隣の眞一郎の顔を横目で見る比呂美だが、特に眞一郎は不安を感じている様子はないようだ。比呂美はここは自分がしっかりしなければならないと感じつつ残りのお茶を喉に流し込むのだった。

    (後編へつづく)
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